求めるだけの愛ならば

act.6


 
 



やってしまった、というか
勢いが余った、というか

彼女が求めているであろう
家族の無償の愛だけを
デートという口実で
今回は行動しようと思ったのに。

あの可愛らしい笑顔を
向けられたら、無理だった。
抑え切れない衝動に駆られて
彼女のさくらんぼのような
小さな唇に口づけを一つ、
落としてしまった。

彼女も幼いと言っても
子供じゃない。
その証拠にいつもは
饒舌な彼女が
帰りの車内では
黙ったままだったのだ。


やってしまった、と
今更後悔するのは
間違っているのだろう。
寧ろ口づけした事自体には
後悔なんて微塵もしてない。
ただ、タイミングが悪かっただけだ。
(なんて言い訳をしてみる)





「黄瀬君、」

「!黒子っち!?」



吃驚して書いていた報告書等が
机から宙を舞う。



「どうしたんですか?」

「…あ、ははは」



取り敢えず笑って
ごまかしてみるが、
黒子っちの俺を見る目が痛い。
征華っちが眠りについてから
帰って来たから
何も知らない筈なのに
何この威圧感…っ!
一人でおたおたと
机を片付けていれば
黒子っちは溜息を一つ吐くと
こちらを真っ直ぐ見た。



「黄瀬君、申し訳ありませんが
契約は今週で打ち切りです」

「……えっ」

「父方の祖母が彼女を引き取りたいと
連絡がありました。
僕には逆らう権限がありません」

「そんな…っ」

「急な話なので給料ですが
通常の5倍入れときますね」

「…っお金なんてどうだって良いッス!」

「黄瀬君…?」

「征華っちは…征華っちは
それで納得してるんスか?
それで幸せになれるんスか…?!」



気が付けば激昂していた。
彼女をまた親の都合で
たらい回しにして。
黒子っちならそんな事しないって
信じていたのに、
裏切られた。



「黄瀬君…、父方の祖母は良い方です。
毎月征華の近況を手紙で
やり取りさせて頂く位には。
彼女も治安の悪い此処より
安心してくらせる日本の方が
病状にも良いでしょう。」

「でも…っ!」

「もうこれは決定事項なんです。
僕にも、一介のボディーガードの君にも
止められません。」

「………っ」



(嗚呼、足元が崩れ墜ちていく感じがする…。
そこまで征華っちは
俺の中で大きな存在だったのか)





「…それで本当に征華っちは
幸せになれるんスね…?」

「はい、きっと。」

「なら、良いんス…。
今週いっぱい、
精一杯働かせて貰うッスよ。」

「黄瀬君…」



名前を呼ばれたが
黒子っちとは目を合わせないように
視線を逸らしたまま部屋から出た。



そう、最初からクライアントだったのだ。
深入りしたら負け。
いつの間にか
その心情を征華っちに
曲げさせられていたけれど。

きっと大丈夫。
彼女が世界の何処かで
幸せに暮らしていると思えるなら。

俺は前に進める。










 








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