感情ばかりが先走る。

 

低く響く煩悩を消すと
遥か昔から語られる鐘の音が
微かに聞こえる。
一年と言うものは何て早く、遅く。
過ぎるものなのかと
部屋の隅に鎖で繋がれた赤司は
ぼんやりとそう思った。



「明けましておめでとう、赤ちん。」



音も立てずに扉を開け
微笑む紫原は新年の挨拶をしたが
赤司は黙したまま瞼を閉じる。
相変わらずの態度に
紫原は苦笑しながら
床でシーツに包まっている
赤司を抱き上げた。
不満げに眉を寄せ赤司は
瞼を開き紫原へ抗議の視線をやるが
紫原は構わずそのまま歩き出す。
赤司は再び瞼を閉じ、
紫原に身を委ねた。







程なくして赤司は紫原により
風呂に入れられ
光の角度により色合いを変える
上質な黒に金糸と銀糸によって
施された刺繍が描かれた椿を
際立たせている振袖に
着替えさせられた揚句、
近くの神社へと連れ出されていた。
二十歳をとうに越した男に
着せる衣装ではないな、と
赤司は思うが着せた紫原は
赤司に先程出店で買った
桜の簪を挿しながら
ご満悦という表情を浮かべていて
赤司は呆れるしか出来ない。

下を向いた瞬間、
己の左手と紫原の右手を繋ぐ
鈍く銀色に光る手錠が目に映り
更に不快になった赤司に気付かず
紫原は赤司の右手に小銭を手渡した。



「…何?」

「何ってお賽銭だよー。
赤ちんは神様へのお願い事、
決まってるー?」

「初詣は神様に
お願い事するんじゃなくて
抱負を掲げるんだよ」

「いーじゃんお願い事で。
皆そうだし。
それに赤ちんだってしたいでしょ?
神頼み。」

「どういう意味だ?」



差し出された小銭を受け取らず
自身を睨みつける赤司の耳元に
紫原は唇を寄せ
色を無くした声で囁く。
言われた言葉に赤司は
反射的に身を引いたが
繋がれた手錠と紫原はそれを赦さず
赤司を腕の中に拘束する。



「黒ちんが生きてますよーにって、
お願いした方がいいんじゃなぁい?」

「………っそれなら神様じゃなくて
君に願う可きだろう?」

「そう。だから、はい。」



にこやかに微笑みながら
握らされたお賽銭を忌ま忌ましく思いながら
(否、忌ま忌ましいのは
逆らえない自分自身。)
赤司は紫原を見据え
殺気を隠さぬまま
お賽銭を突っ返すように渡す。



「テツが無事じゃなかったら、
殺す。」

「赤ちんが俺の傍に居てくれる限り
黒ちんの無事は折り紙付きだよ。」



証拠も見せてあげる、と
手渡された一枚の写真には
何本もの管に繋がれ
漸く呼吸出来ている黒子の姿が
写っていた。
赤司が愛していた水面のような瞳は
開く事を知らぬかのように眠り続け、
甘い言葉を嫌なくらい
囁いていた唇は閉じたまま。
紫原の実家である日本最高峰の
最先端医療に頼らなければ
直ぐ息絶えてしまうほど
惰弱した躯は
本当に血が通っているか
知れない程白い。



(それでも、生きている。)

(生きてはいるのだ。)



溢れ出す涙を止めようとはせず
写真を食い入るように眺める
赤司を紫原は優しく抱き締める。

今にも息を止めそうな人間に
何が劣るのか紫原は解らない。
だから泣き続ける赤司を紫原は
抱き締める事しか出来なかった。



何かが劣るのではなく、
元より比べようがないのだと。
初恋も知らぬ紫原は気付かない。

もしも気付く事が出来たなら。
この不器用な、
恋とも呼べない思いは
違った花を咲かせたのでは
ないだろうか。






 (ねぇ、彼じゃなくて)(俺を愛してよ!)







 








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