放課後overflow



バイト全員が帰宅した後、
室内の戸締まりをきちんと
確認してから
一番最後に店を出る。

喫茶店キセキは人気が高まり
都内限定のチェーン店となった。
僕はその2号店の店長を任されている。



「遅いのだよ。征華。」

「…真太郎、」



同じく2号店の
マネージャーを任された真太郎と
僕の吐く息が白い。
季節はいつの間にか冬になっていた。




テツナは高校卒業間際に
対人恐怖症を克服し、
見事青峰大輝と付き合う事となって
それと同時に家を出た。

もう大丈夫だからと。
重荷になりたくないからと。
一人になってみるのも
必要だと思うんです、と。

今は保育士を目指して
バイトと大学の二足の草鞋を
使いこなしてる。

青峰大輝とは余り会える時間が
無いようだが、
上手くいっているようで
テツナが保育士になったら
籍を入れる入れないなんて
話になっている。
微笑ましい限りだ。



「別に待ってなくて良いのに」

「気にするな」



真太郎は2号店に移籍になった時から
帰りがどんなに遅くなろうと
自分がオフの日でも
待っていてくれて
自宅まで送ってくれる。

だいぶ昔に
先程のように
待っていなくて良いと言ったが
彼は婦女子を暗い中
一人で帰らせるわけにはいかないのだよ。
それに店長とマネージャーとして
話せばならない事もあるのだから
丁度良いではないか。

と、僕を家まで送る事に
筋が通ってるのか
良く分からない持論を掲げられたので
それ以来、彼の持論は無視して
送られる事にしている。

確かにまだ暗闇は怖い。
あの施設でされた事を
思い出してしまう。

どんなに藻掻いても足掻いても
抵抗すら抵抗にならない
あの、自我を崩壊させられる行為を。

だから真太郎が送ってくれるのは嬉しい。
悔しいから本人には言わないけれど。



「真太郎、」

「ん?」

「雪、だ」

「嗚呼、道理で冷えると思ったのだよ。」



そう言った彼は自分に巻いていた
マフラーを外し、
短く触るぞと告げると
何も身につけておらず
冷たい空気に晒されていた首に
彼が今しがたまで付けていた
マフラーが優しい手つきで
巻かれていった。



「女子が無闇に身体を冷やすものではないのだよ。」

「でもこれじゃあ真太郎が寒いだろう。」

「寒さには貴様より強い。
だから大人しく巻いていろ。」



それっきり真太郎は黙って
背を翻して駅へと歩き出したから
それに続いて僕も歩を進める。

真太郎はいつも気が付かれないように
歩幅を僕に調節してくれて
決して車道側を歩かせたりもしない。

これだけ無意識に女子に気を使えるんだ、
彼女の一人や二人作るのは簡単だろう。
なのに。



「好きなのだよ、征華。
恋愛感情的な意味で。」



そう告げられたのは3ヶ月も前。
返事は出来なかった。


だってぼくが
こんなによごれたにんげんだなんて
かれがしったらきっと
けいべつされるにきまっている。


でも彼は3ヶ月も過ぎた今も
僕からの返事を待っていてくれている。

蛇の生殺しだろう。
だから今日、返事をすると決めていた。
これからこの道を
一人で帰らねばならないのは
つらいが、
彼を解放してあげなくては。



電車に乗って降りた駅は
互いの最寄り駅。
これから10分程歩けば
僕の家に着く。
因みに真太郎の家は
そこから更に10分程歩いた所にある。



他愛のない店の話をしていると
家が見えて来た。
あと数十歩でこの日常も終わり。
なんだ、案外と僕は
この日常が嫌いじゃなかったのか。



さみしい、な。



いつの間にか
歩を止めてしまっていた僕に
気が付いた真太郎が同じく
歩を止めて振り向く。



「どうした?」



嗚呼、神様。
なんで僕は汚れてしまっているのだろう。
彼の優しさに甘えて良い人間じゃないのに。
世界が違うって分かっているのに。
なんで
こんなにも手を伸ばしたくなるのだろう。



「真太郎…」



自分の喉をついた言葉は
みっともなく掠れてしまっていた。



「…征華?」

「真太郎…、僕は君と付き合えない」



心配して寄って来てくれた彼に
視線を合わせて微笑みながら言った。

胸が引き裂けるかと思った。
でもこれが彼を救える
ただ一つの言葉だったから。



「征華…」

「だからもう送らなくて良いし
待っていなくて良い。
ああでも仕事は通常通りで頼む。」

「征華、」

「何だ?」

「何故泣いている?」



はらはらと
落ちる雫は雪だと思っていたら
僕の涙だったらしい。
自覚した所で
いきなり涙を止められるわけでもなく
僕は手で拭うしかない。



「ゴミでも入ったんだよ」



チープな嘘だと思った。
嘘だと分かる嘘。
でも彼は優しいから
これ以上踏み込んで来ないだろう。
そう思った。



「征華、お前が俺と
違う世界に住んでいると
思っているのなら
間違いなのだよ。」

「………っ!」

「お前は汚れてなぞいない。
寧ろ気高く咲き誇る薔薇だ。」

「知っ、て…?!」

「随分と昔にな、火神から聞かされた。」



“お前は聡いから話さなくても
気付くだろうがな。”



「そうして聞いた内容は、
ある程度、俺の想像通りだった。」



でもその頃には惚れていたし
そんな事で想いが変わる程
浅く愛していたわけではないのだよ。



彼から紡がれる言葉に
ついていけない僕を
彼は優しく抱き締めた。

触れられた場所は
嫌悪を現すより早く
彼の優しさが伝わって
体温が心地好いものだと
テツナ以外で初めて知った。



「で…でも、ぼくはよごれて…っ」

「征華は汚れていないのだよ。」

「きみはきれい、なのに…」

「俺の方が汚れている」

「だって…、」

「征華、俺はお前の本当の気持ちが知りたい。」



両手で頬を包まれて
視線を合わせさせられる。
もう、止められない。



「すき、…好きだよ。
真太郎の事が…っ
ずっとずっと、前から…」

「征華…」

「でも僕はこんなだから…っ
君に相応しくないって
ずっとずっと、思ってて…!」

「征華、もう良い。
征華が俺を好きならそれで良いのだよ。
これからはお前が抱えている事を
俺にも抱えさせてくれ。」



先程とは違い
力強く抱き締められても
フラッシュバックはしなくて。

寧ろ安心して、何もかも預けたくなった。

テツナはこの感情を青峰大輝と
分かち合っているのだろうか。
そうだったら良い。
彼女には幸福が似合っている。

僕も早く素直になれば良かった、なんて
現金だな、と思いながら
真太郎の背に腕を回す。



「僕のお守りは大変だよ、真太郎」

「覚悟の上なのだよ」



そう笑いながら言い合った後
唇に降ってきた
熱い熱。



幸せ過ぎて
また、涙が零れた。












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