傍に居たくて。

 


"赤司 征十郎"

その名を知らぬ者は
いないとまで言われる
日本のトップアイドルである。

歌やダンス、
果てはドラマやバラエティなど
マルチにこなす彼は
彼がいなければ倒産してしまうであろう
弱小事務所に所属している為、
彼を引き抜こうとしている
大手プロダクションは後を絶たない。

しかし
それがどんなに好条件でも
彼が引き抜きに応じることは
無いというのは
周知の事実である。



まあ、それは単にー…



「テツヤ、次は?」

「16時にAスタジオでドラマです。台詞は?」

「大丈夫。僕を誰だと思ってるのさ。」



ニヤリと挑戦的に笑いながら僕を見た
トップアイドルである
赤司征十郎の頭を軽く小突くと
ムスッと膨れっ面を作る彼は
仕事をしている時とは違い
年相応に見える。



僕と彼が出会ったのは
三年前。

僕の自宅件事務所の近くで
行き倒れていた彼を
家に連れ込み
風呂と飯を提供した事から始まる。

彼の家庭環境は複雑で
素行が悪くなった彼は
喧嘩に明け暮れていたらしい。

ボソボソと語る彼を前に
僕の野生の感が警鐘音を
ガンガンと鳴らしていた。



彼は、売れる。



「僕に貴方の残りの人生、
預けて貰えませんか。」



今思えば、僕は目茶苦茶
怪しい奴だっただろうに
彼は一宿一飯の恩だね、と笑い
一つ返事で快諾した。

色々な実践的なレッスンを開始して一年。

デビュー第一作品目にして
大ヒットとなった
“銀河に架けろ★甘い吐息
〜桃色学園♂♀のヒミツ〜"は
彼が双子の男女を演じ
その高い演技力と
性別を感じさせない容姿で
多くのファンを確立する足掛かりとなり

デビューして二年。

飛ぶ鳥を落とすような勢いで
彼はトップアイドルの道を
独走している。












その日も秒単位のスケジュールを熟した彼を
マンションまで送り届けた後
僕は自宅に戻り、
ビールを片手に考える。

一宿一飯の恩にしては
彼に苦労を掛け過ぎではないか、と。



元から彼は芸能界に興味はなかったし
デビューするまでの
一年間の貸しなんて
デビュー作で事足りる。


なのに今も
事務所に、僕の傍に。

彼を縛り付けていていいのだろうか。



すっかりと温くなってしまった
ビールを一気に煽り
喉を通る炭酸で胸に蟠った何かを
一緒に飲み込んだ。















「ねえテツヤ、最近変だよ。」



だからそう、
彼に言われた時はギクリとした。

何でもないと告げても
尚も食い下がってくる彼に
スタッフから出番だと
声を掛けられる。

こういう時だけ
彼の忙しさに感謝した。








『いい加減、現実を見ろよ』

『煩い…っいくら君でも怒るよ?!』



今回の撮影は
デビュー作の続編で
前作で双子の妹が死んでしまったのだが
それを受け入れられず
女装して妹は生きていると思い込みたい兄を
彼は演じている。

その相手役というか、
双子の妹と付き合っており
彼の演じる兄の気持ちを
一番理解しているが
妹の死を受け入れるように
諭す役割を持った
重要人物を演じるのは
彼より三年先にデビューし
安定した演技力で高い評価を受ける
緑間真太郎だ。



『これ以上、変な事を
彼に吹き込まないで下さい』



緑間と彼の間に割って入り
彼を抱き締めるのは
最近売り出し中のアイドルグループ、キセキの一人、
黄瀬涼太。

黄瀬君の役割は彼が持つ
銀河の力を利用しようとする悪役で
今回、この映画の中で
彼は黄瀬君との絡みがある。

絡みと言ってもキスシーンだけだが
男相手にと心配になって
彼に問うたが
彼は一瞬哀しそうな顔をしただけで
大丈夫だと、いつもの笑顔で言っていた。

だから、
大丈夫なのだろう。

そう自分に言い聞かせていると
監督と映像チエックをしていた
彼が戻ってきた。



「テツヤ!」

「わっどうしたんです?」



腰にタックルを決めてきた
彼を抱き留めると
彼は猫のように擦り寄ってくる。



「ああ、天気が良い感じに曇って来たから
先にシーン98撮るって。」

「98…って!」

「そう、涼太とのキスシーン。」


スリスリと甘えるように
抱き締める腕の力を強くする
彼に狼狽しながら
僕の胸はザワザワとささくれ立つ。



「征…、「赤司っち。」



大丈夫なんですか、と
問い掛けようとした瞬間
横から彼を呼ぶ声がした。



「涼太。どうした?」

「あの、次シーン98撮るって聞いて…」

「リードする役が
今から照れててどうするの。
読み合わせでもするか?」



僕の腰に回っていた
彼の細い腕が離れて
黄瀬君の方へ向かおうとする
彼の手を引き寄せ
抵抗される前に担ぎ上げる。



「すみません黄瀬君。
読み合わせは別の方としてて、
下さい。」

「ちょ、テツヤ?!」



目を白黒させてる彼は放っといて
僕は黄瀬君に断りをいれると
自分のワゴンへと走り出した。













ワゴンに多少乱暴に彼を押し込む。
彼は未だフリーズした状態なので
取り敢えず僕の膝の上に乗せた。



「すみません、征君…。」

「テツ、ヤ…?」



きつく抱き締め背を摩っていると
怖ず怖ずと腕を
僕の背中に回してきた彼を
落ち着かせるように
彼の燃えるような赤髪を梳く。



「ごめんなさい、征君…。
撮影の邪魔をされるの、
一番嫌いなのは知ってたんですけど。」

「別に…テツヤなら、良い。」



背中に回された腕に
ギュッと力が入れられ
俯きつつも擦り寄ってくる彼が
可愛くて仕方がない。

嗚呼、うん。
つまり…アレです。

最近彼を芸能界入りさせた事を
悩んだり
忙しいのを気にしたりしてたのは。



無自覚な独占欲。






「テツヤ…?」



黙ってる僕を不信に思ったのか
無防備に見上げてくる
彼の桜色の薄い唇に
触れるだけのキスを落とす。



「好きです、征君…。」



頬に鼻に額に
花びらのようにキスを落とせば
彼の顔は真っ赤に染まっていく。



「もうっ!テツヤは遅いんだよ!」



そう言った彼に唇を塞がれ
その甘い心地に身を委ねながら
彼の唇を深く味わった。








傍に居たくて。


芸能界に入ったんだよ、と
後日彼から聞いた僕は
嬉しくて憤死するかと思った。

 



















人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -