放課後overflow






《“喫茶店キセキ”で働く者のルール。》

・遅刻や無断欠席をしない。
・挨拶は忘れず愛想よく。

《最重要項目》

・ウェイトレスの双子には、
彼女等の赦しなく触れてはならない。



以上。














「おわ…っ」

間抜けな声の後に続く
陶器の割れる音が
喫茶店のフロアで響くのは
本日3回目である。



「青峰。」

「………わりぃ」



火神が新たに雇った
使えないアルバイト・青峰大輝は、
本当に使えない人間だった。


初日は遅刻せずに現れたが、
その姿は何故か傷だらけで。
今日、不器用に仕事を熟す姿を見て
彼は天性のドジっ子なのだと理解した。
(というか、そういうことにしておかないと
僕の精神衛生上良くない。)



「救いようのない馬鹿なのだよ」
「皆まで言うな、真太郎。」



眉間に寄る皺をどうにか解し、
笑顔を崩さないよう気をつけて
青峰大輝を指導していると
学校から帰宅したテツナが着替えて
手伝いに降りて来た。



こちらに気付いた彼女は、
青峰大輝を物珍しそうに見て
指を差す。



「…新しいバイトさんって君ですか?
青峰君」

「お、おう。テツナ、宜しく」



ジロジロと不躾なまでな視線を
テツナは青峰大輝に浴びせ
放った言葉は二人が知り合いらしいこと。
そういえば履歴書にテツナと
同じ高校名が記されていた気がする。


一人置いてきぼりに
なってしまった為
チラリと火神を見遣ると、
火神は意味深な笑みを
浮かべるだけだった。


(本当に食えない人だ。)


仕方がないので、視線をテツナ達に戻す。
どうやらテツナと青峰大輝は、
同じ学校に通い
同じクラスで親しい友人のようだ。
二人は緊張が解けたようで
仕事には関係のない
世間話を始めている。



なんか微笑ましいなぁ。
…なんて、僕はのんびりと構えていた。



それが、いけなかった。





「おい、肩に糸屑ついてんぞ。」


その言葉と共にテツナへと
伸ばされた青峰大輝の手。



「…!」



半ば反射的に身体を動かす。
それは火神も同じで。

テツナの身体に青峰大輝が触れない内に
二人で僕の方へ引き寄せ、
身体を強張らせているテツナを
安心させるように背を叩く。



「テツナ、今日は部屋へ戻れ。
青峰と征華は休憩だ。」

「………。」



火神はそう言うとフロアへ戻り
接客を始めた。
無言で2階へ戻るテツナを見送り
僕は青峰大輝へと向き直る。




「青峰大輝。僕はバイト前に
きちんと説明したと思ったけど?」

「…わりぃ…」

「次はないよ。今日は上がって。」



火神の考えが読めない今、
勝手に解雇は出来ない。
何よりテツナと
話が合う人物は珍しく
テツナにとって何かしら
プラスになるかもしれないから。

青峰が裏方に回っていくのと
フロアが落ち着いてきたのを
確認して
僕はテツナの元へ向かった。










テツナは今でも
あの施設で行われていた事を
夢にみて魘れる。
(勿論それは僕も例外ではないが。)

そういう日は決まって
テツナの意思に関係なく
テツナの身体に誰かが触れた時で。


夢で魘されたテツナは
過呼吸の発作を起こしたり、
自傷行為に走りやすい。
それを止められるのは
テツナに接触を許されている
僕と火神だけ。
だから、この歳になっても
僕とテツナは同室である。







「…テツナ、」


落ち着いた頃を見計らって
自室へ足を踏み込むと、
テツナは黒革のソファーに
寝そべりながらも
こちらに視線を向けた。



「大丈夫かい?」



ソファーの横まで近寄り、
床に腰を降ろすと
テツナは弱々しく手を伸ばして来た。
ゆっくりと伸ばされた手を
己のそれと絡ませて
テツナの顔色を伺う。
先程よりは悪くなさそうで
僕は気付かれないようにそっと息を吐く。







「…だいぶ、慣れたと思ってたんですが…
中々治らないモノなんですね。
対人恐怖症、って。」



ぽつり、と
本当に小さく、
落ちるように呟かれた声。



(ああ、やはり…)



「…こういうのは、ゆっくりと
時間をかけるべきなんだって。
現に今じゃ火神との接触は
平気だろ?」


絡めていない方の手で、
テツナを安心させるように
海色の美しい髪を梳くと
テツナは気持ち良さそうに目を閉じ、
心の中の葛藤を隠すように頷いた。



テツナはあの施設で
自らに行われた行為を覚えていない。

まあ、僕も火神も。
思い出させようとは
思っていないし
寧ろ忘れていて欲しいとさえ
願ってるけど

でもそれは、利己的な考えで、
記憶のないテツナは、
自分が何に怯えているのか
解らない恐怖をも背負ってる。









「…征華ちゃん。」

「な、に 」




だから少しでも優しく触れよう。
これはせめてもの贖罪なのだから。



名前を呼ばれ
絡めたままの指に少しだけ力が入る。
テツナはただこちらを見上げるばかりで。
言葉を選んでいるようだ。

逡巡しているであろう頭を撫で
続きをゆっくりと促す。



「あの、ですね」

「うん」

「僕、早く治りたい…。」





好きな人が出来たんだ。






紡がれた言葉に僕は、
驚いて一度瞬きをしてから
テツナの顔を覗き込む。
テツナは恥ずかしそうに
両頬を赤く染まらせながら
悪戯を思い付いた子供のように
微笑み、
僕の額に額を合わせた。



「いつも征華ちゃんに頼ってばかりで
ごめんなさい。」

「テツナ…。」

「頑張りたいんです、彼の為にも」



一変して照れたように笑うテツナに
存外に心配して損をしたと、
視線だけで訴えるが
テツナは気にせずに
僕の頬へ唇を寄せる。
楽しげなテツナに
されるがままになるのは
ちょっとだけ癪で。
僕は言葉での反撃に出た。



「好きな人って、青峰大輝?」

「…征華ちゃんきらい」

「当たりか。」

「うぅ…。」

「もう付き合ってるの?」



にやり、という擬音が
似合いそうな笑みを浮かべ
テツナを見ると
テツナは真っ赤になりながらも
嬉しそうに、はにかんだ



「一緒に頑張ってくれるって。」







嗚呼、もうテツナは
大丈夫だ。

もう悪夢なんて見ないだろう。

なんたって

たった一人の
騎士を見付けたのだから。















 








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