きっとそれは未来の約束 2



 わたしの夫は、かなりの気障だと高校時代から思っている。ぶっきらぼうに見えても隠しきれない優しさがあるし、男らしく腹を括る時もあるし、緊急の案件がない限りは記念日をサプライズで祝う時がある。まだ入籍して間もない頃は陣平と二人で祝ったり、彼と仲の良かった萩原君や降谷君、伊達君や緑川君と一緒に祝ったりしていたけれど、仕事が忙しいのかあまり最近は(と言っても数年)連絡すらとれていない。
 そもそもわたしが陣平と籍を入れたのは今から約八年前。まだわたし達が二十一歳の時だ。先月、わたしの両親へ挨拶をしたそうだから、いずれプロポーズされるだろうなとは思っていたけれど、まさか警察学校卒業直前だとは夢にも思わず、随分間抜けな顔を晒してしまった。

「泣かせたり、何も言えないこともあるかもしれねえ」
「……うん」
「お前だけに不満を抱えさせて、休日すらまともに取れない可能性もある」
「……うん」
「だけど、俺は、お前と[[rb:未来 > これから]]を歩んでいきたいと思ってる───結婚してください」

 綺麗な海だとか、夜景だとか、そんなシチュエーションではまったくなく、わたしと陣平、萩原君がよく一緒に日が沈むまで遊んでいた公園でのプロポーズ。周りには誰もおらず、陣平の左手に載せてある銀の指輪が沈みかけた夕日に照らされ、神秘的な光を放っている。
 彼との未来を望んでいなかったわけじゃない。いつかはきっと、こうなるだろうなとは思っていたし、結婚するならこの人がいいとさえ、思っていた。

「……おい、それは拒絶の涙か? それとも、俺の都合のいい解釈にしていいのか?」

 何故だか、涙が溢れて止まらない。視界が滲み陣平の輪郭ですら見えなくなるが、差し出されているリングは眩い光を放ち、ここにいるのだと主張をしている。
 拒絶だなんて、するはずがない。涙が止まらないのは感動しているから。絶対に拒否だとか、嫌だからというわけではない。

「まつ……松田に、なっていいの……?」
「あ? 当たり前だろ。何年一緒にいると思ってんだ」

 嗚咽と涙声で使い物にならないわたしの左手を壊れ物を扱うかのように、陣平の節くれだった無骨な手が包み込み、ずっと持ち主と相まみえるまで陣平の鞄で燻っていたそれが、薬指に通される。その時点で、わたしの涙腺は決壊してしまい、効果音つけるならそうだな、ドバッと次から次へと涙が止まらなかった。

「泣くなよ、嬉しいなら笑えよ」
「ううう、じんぺーのせいなんだからぁぁぁ」
「はいはい、来いよ」
「あああそういうところほんとだめえええ」

 流石未来の警察官。結構な勢いで抱きついたというのにいとも簡単に、逆にバランスを崩したわたしの腰に腕を回して支えられてしまった。う、今日もいい胸筋していらっしゃる……。
 ぐずぐずとこれまで守ってきてくれた温かい腕に包まれていると、どこからか陣平の名を呼ぶ声が聞こえ、

「ま”つ”た”あ”あ”あ”あ”!!」
「萩原!?」

 わたしと同等、いや、それよりも涙にまみれた萩原君が入口の影から飛び込んでくるではないか。

「よがっだなぁぁあぁぁ!!」
「きゃっ!」
「離れろ萩原」
「硬いこと言うなって〜小せえ頃よくやってたじゃん〜」
「いつの話してんだいつの! つか、そうじゃねえよ! 俺のに触るなって言ったんだ!」

 わたしを抱きしめているのにもかかわらず、べりっと音が聞こえてきそうな引き剥がし方をした陣平は、萩原君から距離を取るために数歩下がる。が、彼は何かを見つけたらしく露骨に顔を顰めた。なんだろうと視線を同じ方向に向けると、やらかしたという表情の降谷君と、こちらに両手を合わせて謝罪のポーズをしている緑川君と、あからさまに視線を逸らす伊達君がいて、まさか全部見られていたのだと知って、いまさらながらに羞恥心が芽生え頬に熱が集中していく。
 う、うそでしょ……大泣きの姿、みんなに見られたの……!?

「やだもうお嫁に行けない」
「俺んところに来るんだろうが」
「そうだけどそうじゃないいい」

 盗み見していることに気づかれたとわかった三人の行動は潔く、短く謝罪したあとは陣平への労いと祝福の言葉をかけた。もちろん、わたしにも。

「やー、まさか松田が一番先に娶るとはなあ」
「なんか文句あっか」
「まあ萩原の言いたいこともわかる。こんな綺麗な奥さん貰ってけしから……ごほん、きちんと守ってやれよ」
「途中の言葉さえなければ完璧なんだがな」
「ほんとうに松田でいいのー?」
「お前は祝いに来たのか引き離しに来たのかどっちなんだよ」

 テンポの良い会話に、涙はいつの間にか引っ込み、これが男の子達の友情なんだなあと思っていると、小さく笑みがこぼれた。そんな変化にも気づいた陣平が視線を向けて、微笑んでくれる。
 それだけでも心がときめいて、安心を得られるのだから、わたしは思う以上に松田陣平という男にぞっこんなのだ。それを降谷君にこっそり言ったら「松田も大概ぞっこんだからな、似た者夫婦で良い相性だと思うよ。結婚おめでとう」と屈託のない笑みで返された。
 籍を入れたとはいえ、警察官になる直前なので落ち着いた時期に結婚式をあげることにしたわたし達は、緑川君の提案で擬似的にあげることにしたのだった。あげると言っても見様見真似の牧師をして、そこで誓いを立てる。たったそれだけだ。でも、わたしにとったら生きている中でも最高の結婚式だったんだと胸を張って言える。
 わたしが笑って、陣平が笑ってくれる。わたしが嬉しいといえば、陣平は喜んでくれる。ならわたしは彼の帰りを待ち続けるだけだ。職務上、伝えられないことはいっぱいあるだろう。夫のことを信じなくて、何が妻だ。注いでくれる愛情に疑いは持たず、素直に全身で受け止めていく。

 それが、わたしがあの夕焼けに立てた誓い。


 意識が浮上する。ぼんやりとした頭のまま気だるげに体を起き上がらせ、いつもの癖で壁に立て掛けてある時計を見つめた。あー、14時33分……。
 …………14時!?

「遅刻だ!!!」

 一気に覚醒した。バッとベッドから飛び降りて昨日のうちに用意しておいた服に着替え、バッチリ化粧を施して家を飛び出した。陣平と約束していた時間は14時半。3分オーバーで今から向かうとなると40分は軽く越してしまう。警視庁からそのまま来ると言っていたからもう着いていると言っていい。
 ひぃぃ、なんて説明しよう……夢見が良かったから遅れます……? 反省の色がない。却下。
 信号待ちの際にスマホを取り出してトークアプリを起動させる。最上部にある陣平とのトークルームに入り分かりやすく簡潔に「ちょっと遅れる!ごめん!」と打って送信。刹那、陣平からのメッセージを受信した。
 え、「いい夢みてて寝坊した。今向かってる」……?

「もしかして……同じ夢を、見てたとか……?」

 なにそれめちゃくちゃうれし……じゃなくて。いや、でも嬉しい……。
 待ち合わせ場所には既に陣平がおり、駆け寄れば軽く抱きしめられた。陣平って、かなりの抱きつき魔だ。

「ごめんね、遅れた」
「いや、俺も今来たとこだから。それより珍しいな、寝坊するなんて」
「あはは、ちょっといい夢みててさ」
「いい夢?」
「そう。八年前、擬似的に結婚式をあげたときの夢だよ」

 あの時は本当に夢のような出来事だったのだと、本当に嬉しかったのだと、頬が緩むのを抑えきれずに言うと、陣平はぱちぱちと何度か瞬きをして、同じだ、と呟いた。
 おなじ? なにが? 夢?

「俺も、その時の夢見てた」
「あ、そうなんだ……」

 予想はどうやら当たっていたらしい。なんだか同じタイミングで同じ夢を見るなんて、降谷君の言ってたとおり似た者夫婦なのかもしれないね。
 先日約束していた火曜日。わたしと陣平は米花町にある探偵事務所に向かおうとしていた。正確に言えばその事務所の下にある喫茶店だ。どうして? と聞けば彼は明確な答えをくれず、いいからいいから、とニヤニヤ顔でわたしをエスコートするだけ。

「好きだろ? サンドウィッチ」
「日本人だけど洋食派だからね! ちょっと遅いけどそこでお昼にしようか」
「あとは、SNSで有名なイケメン店員ってやつもな」
「なにそれ。陣平ってゲイだっけ?」
「ばーか。目的はちげぇよ」

 目的?? 首を傾げながら歩いていると喫茶店へ到着した。……喫茶ポアロ。おしゃれな内装が見える。扉をあけて入るのかと思ったら陣平は店内に客がいないかを確認していた。

「おら、いまカウンターにいるやつ。見覚えねえか?」
「カウンター?」

 指差した方向に視線を向けると、水色のシャツの上にエプロンをかけた店員さん───なんだかめちゃくちゃ現在音信不通の知り合いに似てる顔立ちの人がいる。もはや瓜ふたつと言ってもいい。
 ……まんま降谷君じゃないか。きみ、警察官になったんじゃなかったの……ウェイターに転職したのかい?

「ははっチベスナ顔。わかったろ、あいつが誰だか」
「降谷君だ。久しぶりに見た」
「今は安室透だけどな。うし、入るか」

 サングラスを胸ポケットにしまい、ドアベルを鳴らして入店した。すぐさま音を聞きつけた降谷君が振り返って「いらっしゃいませ」と歓迎してくれる。

「よぉ、久しぶりだな安室サン?」
「久しぶりですね。店内は喫煙禁止ですよ」

 あ、あれー? ふたりとも表面上は笑顔なのに凄い怖い。降谷君なんか絶対に浮かべないであろう愛想の良い笑顔を浮かべてて……鳥肌立ちそう……。
 ちらりとわたしに視線を寄こした降谷君が「そちらは?」と問う。

「俺の奥さん」

 雑な紹介だな。苦笑しつつも頭を下げ、名乗る。

「ああ、結婚されていたんですね。はじめまして、ここのバイトで、毛利先生の弟子をやらせていただいている安室透です」
「毛利先生って、探偵の?」
「はい。探偵業が本業なので、名探偵と評される毛利先生に師事しています」

 思わず警察が本業じゃないの? と出そうになった口を咄嗟に塞ぐ。昔から頭のキレる人だったから何か事情があって喫茶店員をしているのだろうと納得する。
 陣平は何度かここに訪れていたらしい。呼んでくれよ水くさい。

「ご注文は?」
「ハムサンド2つ。ああ、あとコーヒー」
「わたしカフェオレでお願いします」

 かしこまりました、とお辞儀をしてキッチンに回る降谷君は本当に何でもできる人だ。
 じと、と説明を求めるよう陣平に視線を送るが家で話すと言われた。

「てことは、もしかして毛利探偵とも面識はあるの?」
「あ? まあ、あるな。毛利んとこの娘と居候も面識はある」

 なんでも毛利探偵の家に居候している小学生が鋭いんだとか、爆弾を解体できるんだとか、真偽の程は知らないけれど今時の小学生すごい……。と思っているとわたしの考えなどお見通しの陣平に否定された。

「言っとくが、あいつが特別なだけだからな」
「あ、バレてら」
「たりめーだ」

 そんな爆弾を冷静に解体できる小学生がほいほいいてたまるか。……デスヨネー。

「おまたせしました、ハムサンドでございます」

 ことりと置かれたお皿の上に乗っているサンドウィッチはとても美味しそうだ。ごゆっくり、と言って来店した客の対応に向かう降谷君。降谷君でいいんだよね?

 あ、めっちゃくちゃ美味しかったです。ハムサンド。常連になろうかと本気で悩みました。



****
(おまけという名の会話)


「せんにゅうそうさ」
「ああ」
「え、ドラマとかでよく見る潜入捜査?」
「降谷零は消え、安室透が降谷だ」
「待って混乱してる」
「無理もねえな」
「でもそれって本来は教えちゃだめなやつでは?」
「いや俺ら被害者だから」
「??」
「ほら、あっただろ? 東都水族館にある観覧車が崩壊して、あわや水族館が潰れそうになった時」
「あの時か!! 軍用機ってなに!? ここ日本だよね!?」
「デートの途中に抜けて爆弾解体してたんだよ」
「なんつー組織を相手にしてるんだよ……」
「まあ、そんなわけで降谷はあそこでバイトしてる」
「へ、へぇ……」
「もしもの際は俺を頼るって約束を取り付けてる」
「警察官に喫茶店のウェイターに組織への潜入……うわ、三つの顔を持ってるってこと? 辛くない!?」

 次あったとき、ちゃんと労おうと決めた一日でした。
 と、決意を固めているとなぜだか不機嫌なオーラをまとった目の前の男に抱えられた。

「陣平?」
「俺のこと以外で頭がいっぱいになってんのは気に食わねぇ」
「はい?!」
「おとなしくしてろよ」

 ゆったりとした足取りで向かう先は予想通りの場所で。青ざめるのを自分でもわかりながら抵抗するが全く通用しない。

「えっ、ちょっと!」
「明日はオフだし、風呂も朝でいいだろ」
「いや、いやいやいや。なんでいきなり」
「いきなりじゃねえよ、休み貰った時点で抱くと決めてた」
「…………お手柔らかに、お願いします」
「善処する」




181031






×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -