I will measure up to your expectations, master.



※妖パロ
※しばらく後に公開されるシリーズのプロローグの序盤
※つまりはお試し版



今日は、祖父母の三度目の命日らしい。
肉親なのに“らしい”なのは苗字名前が彼らと一度も会ったことがないから。もう一つ付け加えると今日に至るまで両親は頑なに話してはくれなかったのだ。ではなぜ話してくれたのか。これも父は「時が来ただけだ」という、なかなかに意味が分からないことを教えてくれた。

(………にしても、大きすぎない?)

渡された紙に書かれていた住所を頼りにバスを乗り継いで訪れたのはいいものの、門構えからして立派な日本家屋だということが伺え、名前は片付けに入る前から頭を抱えそうになってしまった。
うちはそこまで裕福ではなかったのに、祖父母の家は丸々近くの土地全てを所有しているらしく敷地が半端ないほど広く、なんだか異世界に迷い込んでしまったとも思ってしまう。周囲には住宅なんてものは一切見えず、誰も寄り付かない山の麓だけが見渡せる。

(人を拒絶したような感覚───…………ないな! うん、それはない。そもそもおばあちゃんもおじいちゃんも人間なんだから)

誰かに言い聞かせるわけではないのに、慌てたように言葉を吐き出しまくる彼女はさぞ滑稽だっただろう。
気を取り直して特に鍵がかかっていない門を押し開けると、やはりというか予想通りの広さを誇る庭が見え、一瞬卒倒しかけた。足を踏ん張り、なんとか門前払い(意味が違う)にはならなかったものの、これは色々と覚悟していかないと心臓が保たなそうだ。
玄関に踏み入るとまあ、想像通り大きな広間が見えている。小さく掠れた笑い声を漏らしながらふと、気づいたことがある。

(亡くなった後は誰も住んでないし、整理してないって言ってたのに……なんか………綺麗?)

三年もの間誰一人として訪れていないと言うのには、少し、いやかなり違和感を覚えてしまう。それ程までにこの家は埃ひとつなかったのだ。
一瞬、空き巣の可能性も過ぎったのだがそれにしては何も盗られておらず、ただただ掃除が行き届いているだけ。

「……お父さんは、何の用があってここに……」

今日の目的は寝室に向かうこと。父親が行けば分かる、と最低限の荷物だけ持たせて家から押し出したのだ。名前も今年で十八を迎える。子供のように全てを教えてもらわずとも行き先に辿り着くことは出来るが、少し疑問に思うことがあるだけで。
とりあえず、目的を果たしてしまおうと正座していた足を崩して立ち上がった───その時、

「───あんたが、“今代”の雪紫?」

声が、届いた。
驚いて振り返ると、そこには細い双眸に黒の羽織が特徴的な、男が立っていた。

「だ、だれですか……?あ、空き巣……?」
「ねえ、質問に答えてよ」

当然の問いかけを無視され、ムッとなりながらも男が苛立ちを見せ始めたことに気づいて、その体から発せられる“なにか”に気圧されて慌てて言葉を紡いだ。

「……知りません、雪紫という単語さえ、今聞きました」
「知らない?……本当に?」
「本当です!」

一度で信じてくれない男に思わず声を荒らげると、彼はもともと細い目をさらに細くさせ、口元に手を置いて考え込み始める。

「あ、あの、ほんと……だれですか」

考えているところ悪いが、そろそろこちらの質問にも答えてほしい。返答によっては警察やら家族やらを呼ばなくてはならないのだ。
恐る恐る尋ねると、男は緩慢な動作で両腕を袂に入れた。

「一応、倫太郎って呼ばれてる」
「名前ですか?苗字は、」
「狐神に苗字はないよ。人間に擬態する時は角名だけど」

いま、なんと言ったか。狐神。さも当たり前のような口調で自然に説明されたためか、意味を理解するのに時間を幾ばくか要した。理解しても、理解ができなかった。
だって名前の考えが合っていればこの男は、自らのことを狐神と称したのだ。名前と同じ人間ではなく、魑魅魍魎の類と似たような存在であると。引きつっている顔を見た男───倫太郎は態とらしく息を吐いた。

(ででで、でも、狐神って耳と尻尾があるんじゃあ……)
「だから擬態してるって言ってんじゃん」
「っ!?ひ、人の心読んだ……!!」
「読んではない。あんたの目線が頭と尻に向いてたから」

無意識に生えているであろう箇所に視線を向けてしまっていたらしく、心底呆れた口調で言われてしまう。
しかし、信じられないわけではないのだ。今まで接してきた人たちのような“気”はなく、違う何かが混ざっている感じがする。それから……なんだろうか、形容しがたいものが、先程からずっと胸の中で燻っている。

「角名さんは、ここで何を……」
「倫太郎でいいよ、気持ち悪いから」
「気持ち悪ッ!?」
「俺はここの守り神だからね、居て当然なの」
「く、管狐ってこと?」
「違う。けどまあいいや」

なんでそういう知識はあるのに雪紫のこと知らないわけ?とでも言いたげな表情を浮かべる倫太郎から目を逸らしていると、彼は着物の裾を翻して草履に足を入れて、どこかへ行くようだ。
かと思いきや、硝子戸に手をかけてこちらを振り向いた。

「何してるの」
「え、え?」
「あんたも来るんだよ。手っ取り早く雪紫かどうか判断するからさ」

そういうなりとっとと外へ出て行ってしまった倫太郎を追うべく(まだこの敷地の土地勘もないのだ、置いて行かれて迷子になるのは勘弁だ)、脱いでいた上着を羽織って飛び出した。きょろきょろとあちこちを見やれば、どうやら彼は離れに向かっているらしかった。
走って隣まで追いつくとちらりと視線をくれたが、何も言わずにただ鍵がかかっているはずの離れの扉をいとも簡単にこじ開ける。
その様子をぼんやりと見ていた名前は気づかなかった、背後に迫る手に。

「うわっ!?」
「靴箱の中、覗いて見て」
「ちょっと、押したことに関しては謝罪なし!?」
「時間がないから早く」

突き飛ばされた勢いでつんのめりそうになるが、なんとか踏みとどまって辺りを見渡す。母屋と比べると小さく感じてしまうが、だが一軒家並みの大きさを持つ建物に気後れしつつも、倫太郎が言っていた靴箱を開けてみると、金と銀の装飾が目立つ鍵が入っている。

(えっと、これを持っていけばいいの……か?)

鍵以外は普通に祖父母が履いていただろう靴が入っているだけで、他にめぼしいものはない。

「鍵があっただけなんですけど」
「───ビンゴ」
「はい?」

外で待っている倫太郎の元に戻ると、いきなり無表情で親指を立てられて首を傾げた。

「これであんたが雪紫だっていうことが決定した訳なんだけど、まだ何も分からない?」
「知りませんってば。大体なんです?雪紫って」
「雪紫っていうのは───」

倫太郎が薄く口を開いた時、遠くの方で鐘の音が響いたような気がした。12時を回ったのだろうと思えたのは、最初だけ。
突如として体が重くなり、顔を顰める。心なしか、周囲の風景もどことなく薄暗くなっているような。

「あー……なるほど、一概に18になるって言っても、時間もピッタリじゃないと力が解放されないのか」
「何を言って………」
「まあ、力が解放されて戸惑ってる絶好のチャンスを逃す馬鹿もいないってことなんだよなあ」

名前の質問に答えず、倫太郎は目付きを鋭くさせて周りをぐるりと見渡して「ざっと十匹前後か」と不穏な言葉を漏らしている。それを何と問う前に目にも止まらぬ速さで抱き上げられ、一瞬にして周りの景色が一変した。
抱き上げた名前を瓦の屋根上に下ろして、袂から僅かに光る札を何枚も取り出して空中に並べていく倫太郎に何か聞く訳でもないのに、名前を呼びかけたのだが、視界に映った黄金色のふわふわとした尻尾に釘付けとなり、言葉は喉奥に引っ込んでしまった。
視線を外さずに、名前の前に札を貼って光の壁を四方に出現させたかと思えば、背を向けて立ち上がりざまこう言ったのだった。
聞きたいとは言ったが、そんなものなら聞きたくはなかった答えを。

「───妖怪にとって、極上の五臓六腑を持つ存在のこと。直球に言うと、名前のことだよ」




192006
角名倫太郎とても好きです。
日本語訳「期待に応えます、ご主人様」
title by BLUE





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