花開きまであと少し



「おはよう国見くん今日もかっこいいね!」
「……………そう」
「はい塩キャラメル!」
「………さんきゅ」
「じゃあ教室で!」

 猪突猛進。正にその言葉がぴったりと当てはまる嵐のような女子生徒にあっけにとられ、朝練を終え着替えを済ましたバレー部の面々は今目の前で繰り広げられた光景に何も言えずにいたが、いち早く我にかえった金田一が「あー……今日も元気だな、あいつ」と溢したことで徐々に落ち着きが戻ってきた。特に女子かとツッコみたくなるような笑顔を浮かべた主将、及川が金田一につめかける。当事者の国見はいたって平然と押しつけられたも同然な塩キャラメルを咀嚼している。

「ねえなにあれ! 国見ちゃんの彼女?!」
「い、いや……ただのクラスメイトっす」
「にしては手厚い歓迎だったぞ……」

 女子生徒が走り去った校舎に視線をやると、友人らしき女子と笑いながら昇降口に入るのが見え、それから国見に説明しろオーラをまとった及川が質問をするが国見は露骨に嫌そうな表情を浮かべ、

「金田一の言うように、ただのクラスメイトですよ」

 そう言うだけだった。


▽▽▽


「また会ったね国見くん」
「……そりゃ、同じクラスだし」
「一日に何回も会えるなんて私は幸せ者だな〜」

 にこにこ、にこにこ。

「俺と会ってもいいことないと思うけど」
「そんなことないよ! 存在自体が私にとったら幸福の塊なの」
「……俺、たまにお前の言ってることが理解できない」

 本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて国見に話しかける女子生徒の名は苗字名前。何がきっかけだったかもう忘れたが、彼女は入学式の日からずっとこんな様子である。最初の頃は「塩キャラメルが好きなの?」「……うん」というやりとりの翌日、様々な種類の塩キャラメルを持参した苗字に国見ではなく金田一が若干ひきつった顔をしていた。
 あからさまな好意に、苗字を知る者は全員彼女の好きな人を言えるだろう。だがそれは周りが思っているだけで、彼女は一切明確な言葉は言っていない。好きだとも、付き合ってくれとも。
 だから、自惚れてはいけない。圧倒的に国見に向ける顔と他の男子に向ける顔が違うとしても、決して。

(……どうして?)

 なぜ自惚れるのだろう。降って湧いた疑問に首を傾げるも答えは出ず。と、そこへクラスメイトである名前は知らないが男子生徒がやってきた。

「おー今日もやってるな苗字、そんなに国見のことが好きかー」
「国見くんかっこいいから仕方がないよ」
「ひゅーひゅー、言ってくれるじゃねーの」

 話が噛み合ってないと、国見は思う。他の人よりパーソナルスペースを縮めただけで色恋沙汰に結びつける男子生徒と、直接的ではない言葉で返す苗字。男子生徒はそれをどう解釈したのか、その冷やかしをこちらにも向けてきた。それを適当にあしらって未だににこにこと笑みを崩さない苗字に、ん、と手を差し出せば彼女はぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに鞄から塩キャラメルを取り出して渡してくれる。
 ひとつ指で口に含めば、隣から猛烈に視線を感じるがこれもいつものこと。もうひとつ摘んで腕を伸ばして彼女の口に放る。それを幸せそうに味合うのも、既に日常と化してしまっている。これら全て、一日のルーチンといってもいい。食べ終わるとさっさと机に突っ伏す。
 面倒なことは嫌いだし、誰かのために何かをするのも面倒。それを自分から行うなんて以ての外。
 だけど、なぜか彼女に対する行動だけは、その考えから逸れているのを国見はわかっていた。それに至る理由はわからないけれども。

「国見くんって土日とか何してるの?」
「……部活」
「バレー部だよね! 何回か練習試合見たことあるけど凄いよね、あんなの触ったら腕もげそう」
「もげないし、……来たことあったんだ」
「うん? 女バレの友達がいてね、誘われたの」
「ふーん……」
「ウィングスパイカーなんでしょ? たまにスパイク打ってたよね」
「…………苗字」
「なあに?」
「寝かせて」

 湯水のように話題が尽きない苗字に付き合うのもいいと思ったが、何せ眠気が先程から襲い掛かってきているのだ。眠気に抵抗したところでろくなことがないと知っているので包み隠さず言えば、きょとんとした表情になって、それからけらけらと「あ、ごめんね! また休み時間に話そ!」笑いながら謝罪した。
 国見の睡眠を邪魔しないようにすぐに違う友人と話し出す苗字にぼんやり意識を向けながら、不思議だ、と思う。寝る体勢に入って邪魔されるのは嫌いだった。あまり親しくないクラスメイトも、何かと一緒にいる金田一に邪魔されるのも。しかしどうしてか、相手が苗字だと少しだけ話してもいいかなと思ってしまうのだ。まあ最後まで保たないことが殆どではあるが。
 原因、理由、過程。よく考え、答えが出そうなときもあるけれど毎日眠気に負けて眠ってしまう。今日もまた、教室の喧騒から切り離されるように意識が沈んでいくのであった。


▽▽▽


「は? お前まじで分かんないの」

 もやもやと胸に燻る疑問を朝から抱えて昼休み。うとうととまどろみながら他クラスから呼びに来た金田一と共に購買でいくつかパンを買い、再び教室に戻る廊下でその疑問を金田一にぶつけてみると、冒頭の言葉を頂いた。意味は理解していないが馬鹿にされていると判断して不機嫌になる国見に、金田一は心底驚いた面持ちで見ている。
 がやがやと授業から解放されたクラスメイトが自由に会話を楽しみ、疎らに弁当を食べている。無意識のうちに苗字の席を見るが席の主はおらず、いつも一緒にお昼を食べている他の女子生徒がスマホをいじっていた。なんといっただろうか。そう考えていると、

「あれ、金田一」
「おー浅岡、何見てんだ?」
「去年名前といった夏祭りの写真」

 そうだ、浅岡だ。残念ながら下の名前までは思い出せなかったが、必要のないことだ。

「苗字は?」
「3組のやつから呼び出し。屋上にいんじゃないかな」
「……呼び出し?」
「あ、わかった。告白だな?」
「当たり。最近増えてきたんだよね」

 告白。苗字に、あの、自分と関わって話すことが嬉しくてたまらないと顔に出す苗字に。
 がつん、と頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。同時に、じわじわと心の中で薄暗い何かが這いずりまわる。別に彼女は国見のものでもなければ誰のものでもない、彼女自身のものだ。こんな感情を抱くのはお門違いにも程がある。

(………こんな感情?)

 まただ。ばら撒かれた無数の砂の中から一個だけ異色なものを見つけ出すような感覚で答えが出そうなのに、今ひとつはっきりとしない感触。気持ちが悪い感覚だった。

「ごめーんねねちゃん! お待たせ!」

 そこにぐるぐると回る感情の種である彼女が来るものだから、もう国見はどうすればいいかわからなかった。苗字は自分らの机の近くに国見がいるとわかるやいなや顔を輝かせて、一気に言葉をまくし立てる。それに返事をかえしながら、キリのいいところで隣で突っ立っている金田一の腕を掴んで移動させた。あのまま話していると、自分が自分じゃなくなると、思ったから。突然の行動に首を傾げる苗字だったが、普通に食べ始めた国見の姿を見て何もないと思ったのか浅岡と向き合ってお弁当を広げ始めた。
 黙々とパンを咀嚼しながらもちらちらと視線を苗字に向ける国見に、金田一はようやく確信にいたり小さく国見を呼んだ。

「なに」
「……いや、さっきの話」
「ああ、そういやそんなの話してたね」
「なんでお前はそう他人事なんだよ」

 はあぁ、と大きなため息をつくので机下にある足を踏んづけておいた。文句をたれつつ彼は言いにくそうに忙しなく目を動かしており、その意識は苗字たちに向いていて。そのとき、浅岡が今日締切の課題を出し忘れたとか何とか言って、苗字と共に職員室に行くために教室を出ていく。するとたちまち金田一はチャンスとばかりに顔を近づけさせてきた。

「国見は、苗字のことが好きなんだよ」
「………………は?」
「こわッ、顔怖っ」
「意味分かんねーこと言うからだろ」
「いや、いやいや。まあ聞いてろ、いや聞け。国見は苗字が他の男に笑顔向けてるの見てどう思う?」

 質問の意図が分からず、黙っていると、金田一はこれまたため息をついて二の句を述べる。

「もういい、単刀直入に聞く。さっきの告白の話どう思った」
「どうって……ムカムカした」
「それだよ!! それこそが好きの気持ちだろ!?」

 話し声が絶えないクラスの喧騒が上手い具合に大きな声をかき消していく。けれど近くにいた国見にははっきりと届き、一瞬のタイムラグを経てその言葉の意味を理解する。
 金田一はこう言っているのだ。自分の睡眠時間を削ってまで彼女の話に付き合おうと思うのも、好物である塩キャラメルを口に放るのも、彼女が知らない男に告白されてムカムカするのも、ぜんぶ国見英が苗字名前に好意を抱いている他ならないからこそだと。つまり、恋愛感情を持っていると。そう彼は言っている。

「俺が苗字を? ……それはないだろ」

 しかし国見は瞬時に否定した。

「え、なに、おまえそんな鈍感だったわけ?」
「最後まで聞け。よく及川さんが言ってる胸の高鳴りだとか、苗字をかわいいって思ったこと、ないんだけど」

 四月の入学式で知り合ってからこれまで、何度も彼女と話しているがそんな“かわいい”だとか思ったことがない。恋愛にそういうものはつきものだと思っているし、だから金田一の憶測をすぐに否定できた。
 だが目の前で何故か国見より必死な形相の金田一はこうも言う。

「それはまともな恋をこれまでしてこなかったお前の考えだろ? 恋にかわいい綺麗かっこいい素敵がくっついてくなんて古臭い、特定の人と一緒にいるだけで心が安らぐだとか、何も言わず過ごしても全く苦じゃないとか、今や恋の気持ちなんて千差万別なんだよ」

 まあ全部及川さんの受け売りだけどな。そう頬をかく金田一には申し訳ないが、既に意識はそっちではなく教室を出ていった苗字に移っていた。苗字と一緒にいて苦に感じたことはないし、いるかいないかだったら断然側にいてくれた方が嬉しいと思う。
 考えがまとまらずスマホを取り出して簡略に“恋”という単語を調べると、
 ーーー特定の異性に強く惹かれ、会いたい、ひとりじめにしたい、一緒になりたいと思うこと。

「最後のはともかく……ほとんど当てはまってる……」

 国見の呟きに身を乗り出した金田一がスマホの意味を読み、ほらな、と紡いだ。

「いやぁそれにしても国見が恋をするとは……」
「周りに話したら命はないと思えよ」
「急におっかなくなったな」

 最後の惣菜パンの袋を開け、脳内に散り散りになっている情報を整理していく。心なしか、これまでより簡単にまとめていくことができたと、思う。

「間に合った! あの先生話長すぎー!」

 ばたばた音を立てて教室に走り込んでくるふたり。昼休みも残りわずかなのが影響しているのか、どちらも微かに疲労の色を見せて自席についた。恋だとか、付き合うだとか、よくはわからない。さらにこれは国見だけの答えであって苗字の気持ちも正直はっきりしていない。だから、とりあえずは、

「苗字」
「んー? あ、わかった。ちょっと待ってね」

 朝のときと同じく手を差し出せば、それだけで理解したのか鞄からごそごそと小さな塩キャラメルの箱を取り出して、「国見くんは本当に塩キャラメルが好きだねぇ」とにこにこしながら差し出してくれた箱を受け取ると同時に触れた白くて細い指先の温もりを覚えていこう。いつかは、この指先が背に回ることがあるんだろうか。
 けれど、まだこの心地よい関係でいたいと思ってしまう。臆病とかではない。ただまだこの気持ちを伝えるのは時期尚早なのではないかと思うのだ。絶対いつか、ここだと思えるタイミングが来ると、根拠のない自信が今の国見にはあった。
 勘違いだったらどうするって?
 大丈夫、国見英という男は負ける勝負はしない性分だ。

「ねえ、放課後何か予定ある?」
「ううん。第一体育館点検が入って使えなくなるからたぶんすぐ帰るよ」
「じゃあ一緒に駅まで行く? できたら苗字がどこで塩キャラメル買ってるのか知りたいからさ」
「いいの? ぜんぜん私は構わないよ!」
「ん。決まりだね」

 互いに忘れ去られた金田一と浅岡は思った。
 これは早い段階で進展があるな、と。そう思うと同時に、共通の知り合いがしあわせになるのを嬉しく思うのだった。



181121
副題「国見、恋を自覚する」までがセット。
Twitterでフォロワーさんと話してたら唐突に国見を書きたくなって書き上げたもの。あんなにぼんやりしてて可愛らしい国見ですが身長180超えてるとかそんなまさか。





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