ちょっと推しに告白されたんですが 2



「は? 付き合えばいいじゃん」
「その答え美里で三人目」
「何がだめなの? 人当たりがよくて顔がいい、すらっとしていて真面目な表情もギャップでまたいい。こんな優良物件、あんたなら見逃さないと思ったけど」
「二十九歳でアルバイターっていうのも追加で」
「でもバイターの給料だけで買えるようなものじゃない車持ってるんでしょ? まあ、そういうひとって遊びまくってるとは思うけど」
「安室さんはそんな人じゃないよ」
「どっから来るのよその自信は」

 昼下がりのポアロでの衝撃告白から早一週間。レシートの番号は一応スマホに登録したが、その番号は流出したらあかんやつだと分かっているために簡単には捨てられず結局、自室の神棚と化しているアニメグッズの上に置き、拝めている。
 お察しいただけただろうか。登録をしただけで連絡も何もしていないのである。

「あーーーーハムサンド食べたい……」
「返事も兼ねて行けばいいのに」
「無理無理無理。あそこ、安室さん目当てのJKの巣窟と呼べる場所だから」

 あのときにいたJKの拡散力は凄まじかった。SNSはやっていないため友人の垢から覗かせてもらったが、東都の一喫茶で起きた騒動だというのに「安室さんが告白した!」やら「告白された女誰!?ムカつく!」などといった阿鼻叫喚になっているのを見るあたり、やはり安室は好意を寄せられやすいのだと再確認した。告白された直後にお会計をし逃げるように飛び出たため、自身の顔は撮影されていないが顔を覚えられている可能性も高く、それもポアロに赴かない理由の一つでもあった。
 幸いなことに通っている大学には過激派がおらず、こうして野次馬精神で首を突っ込んでくる人しかいないのは気が楽だ。

「やはり、名前さんではありませんか」

 何このデジャヴ。聞き慣れた声に錆びついた機械のようにぎぎぎと振り返ると、

「あ……あむろ、さん」
「こんばんは、奇遇ですね。ご友人と食事ですか」
「そうです、はい……安室さんは?」
「僕は探偵の仕事を終えて、夕食をどこかで取ろうと思っていたらちょうどこの店に名前さんの姿が見えまして……」
「アッハイ」

 いけしゃあしゃあとよく堂々な嘘がつけるな、とジト目で見ても安室は苦笑するだけで説明もしようとせず、あろうことか美里に声をかけた。

「またお会いしましたね、ショッピングモール以来ですよね?」
「え? ………あっ!」
「よほど仲がよろしいんですね。いいことだ」

 では、僕は失礼して。
 優雅に会釈をして店員に席へ案内されていく安室の後ろ姿を見届けながら、ちらりと美里を見やれば、頬をだらしなく緩めさせうっとりとした表情を浮かべており、これはまずいな、と察知する。

(だってここの席、窓際じゃないし……外からだと死角になる場所にあるし……)

 もしかして、尾けられてたか? なにそれこわい。

「ちょっと、あんた……ほんとに付き合っちゃいなよ!」
「声が大きい。……私と付き合ったとしても、メリットなんてないし」
「は!? あんた、男女交際にメリットとかデメリットとかあると思ってんの!?」
「なんでキレかけてるの!?」

 信じられないと表情にもろに出す美里は、本気で名前に呆れているらしい。だが本当にメリットなんてないのだ。メリットというより彼が欲する情報は持っているだけで、偽の彼女とか偽装工作ができるほど頭は良くない。

「連絡先教えてもらったって言ってたよね、いましちゃいなさいよ」
「する必要性を感じません師匠」
「バッッカ、返事はまだでも会う予定を聞くのよ!」
「いやいや! 会う理由が」
「いい!? あんたは告白された側で相手のことを知る権利……いいえ、義務があるわ! よく知らないからっていう理由から振ったらだめよ!」

 何が何でも連絡をさせたい美里の気迫に気圧され、鞄からスマホを取り出して新しく追加された連絡先をタップする。トーク履歴は皆無。当たり前である。
 というより、同じ店にいてスマホでやり取りする必要があるのかと問えば、細かいこと気にしないと門前払いをされてしまった。解せぬ。

(ほ、ほんとに送るの……。一応、挨拶から始める、かな)

 とりあえず誤魔化そうとしてもそうは問屋が卸さないので、心なしか震える指で『こんばんは、返事はまだなんですが、安室さんのことを知りたいのでどこか都合のいい日はありますか?』と送信。美里はご満悦のようで身を乗り出して安室の動向を見守っている。
 名前も名前でどう対応されるのか気になり、こちら側からは背中しか見れない安室を見やる。

(あ、スマホ取り出した)

 少し興奮した美里に肩を叩かれる。痛い。誰からかわかった安室は同じ店にいる浅乃たちの方へは振り向かず、周りから不審に思われない態度で指を動かしていて、気が利く人なのだと伺えた。
 そう思っていれば握っていたスマホが着信し、バッと画面を見れば『こんばんは。考えてくださっていてとても嬉しいです。そうですね……都合のいい日は確実な日はありませんが、だいたいポアロのシフトが入っている日なら構いませんよ』とあり、これは暗に逃げないで喫茶店に来いというお達しだろうか。

「決まりだね、明日の講義が終わったら行くわよ」
「早くない?」
「善は急げって言うでしょ」
「えええ……」

 勝手にやり取りを覗いた美里は当の本人よりもやる気を出していて、明日のスケジュールを確認し始めた。了解の意を送ろうと指を動かそうとしたとき、視線を感じて首を向ければ、安室が穏やかな笑顔を浮かべて見ているではないか。海を熔かしたような淡い瞳から、目が離せなかった。ただただお互いに見つめていれば、静かに人差し指を唇に当て、片目を閉じる。

(ッ……えっ、ろい……!)

 たった一つの動作でここまで人を惹きつけるひとがいるだろうか。少なくとも目の前にいる男はそうだ。瞬く間に茹で蛸のような顔になった名前に手を口元に当てながら笑う安室は、完膚なきまでに心を奪っていた。
 わかっていた。彼が他とは比べ物にならないほどイケメンであることなんて、こちらに来る前から痛いほどよくわかっていた。それがこうして目の前で息をして、生きるために、前だけを向いている姿を見せられて、落ちないはずがないのだと。

「……名前?」
「なにあれえろくない? そこら辺の女より色香があるってなんなの私女やめようかな」
「大半の意見は賛成だけど、性別転換手術だけはやめてよね、男になったらただのホモップルになるから」

 ひんやりとしたおしぼりで火照った顔を冷ましていると、頼んでいた料理を運んできたウェイターが見え、これ以上安室関連の話をしていればまともに食べれないと判断して、彼のことはまたあとで考えようと備え付けのフォークに手を伸ばした。

(まんまとハニートラップに嵌りつつある……うう)

***

「いらっしゃいませ! あ、名前さん。来てくれたんですね」
「あ……はい」

 翌日の講義終了後、安室のシフトなどわかるはずもなかったが訪れてみればいたので良しとする。同伴する気満々だった美里は進路担当の教諭に捕まり、泣く泣く来れなくなった。
 昼時のためか店内はなかなかの賑わいを見せ、案内されたのではカウンターの一番奥。別の言い方をすると待機しているウェイターと一番距離が近い積である。意識的なのか、無意識なのか、どちらにせよ名前にとったら地獄の始まりであった。

「何になさいますか」
「えっと、ハムサンドとアイスコーヒーで」
「かしこまりました」

 調理に向かう安室の姿が見えなくなったのを確認し、息をつく。顔面偏差値が八億の男にいつまでも微笑まれては心臓が保たない。平日というのもあり、恐れていたJKとのエンカウントはなかったが、逆に考えるとこれは安室にとってチャンスを与えている気がする。

「こんにちは名前姉ちゃん!」
「うわ!?」

 いつの間にか隣に腰掛けていたコナンに声をかけられ、大きな声を出してしまい口を手で覆うが、集中する視線は痛い。元凶の少年に視線を送るが彼は安室に「安室さんいつもの!」と言っているだけで取り付く島もない。
 ふと、疑問に思う。

「学校は?」

 そう、先程も言ったが今日は平日である。講義が疎らな大学生ならまだしも、小中高は六時間授業のはずだ。問いかけると「んとね」と前置きのあと。

「先週の土曜日が運動会で、その振替休日だよ」
「ああ、振替……随分と懐かしい単語が出てきたな」
「そっちは?」
「二限で終わり。あと、少し用事があったから」

 敏いコナンのことだ。その用事が何なのか見当がつくかもしれない。ふーん、と何かを探るような視線で名前を見るコナン。どうはぐらかしたものかと頭を回転させていると、眼前に褐色の肌が映る。安室だ。

「お待たせしました、ハムサンドとアイスコーヒーでございます。コナン君もね」
「わーいありがとう安室さん!」
「ごゆっくりどうぞ」

 忙しい時間帯なのかそう言って安室は他の客の注文を取りに行き、訪れるタイミングを間違えたかなと考える。しかし取れる時間が制限されているので、まあ別の日でもいいかとハムサンドに手を出したとき、からん、とドアベルが響き客の来店を知らせた。
 あまり気にせずコナンと世間話をしながら食べていると、コナンに声がかかる。

「失礼。隣いいですか」
「え? 沖矢さん!?」
「おやコナン君」

(うっ……そだろまじか)

 思わず声が出るのを抑えたのを褒めてほしい。なんとコナンの隣に座ったのは知的な眼鏡と淡い桃色の髪が特徴的な、沖矢昴だったのだ。え、いいの。ポアロに来ていいの? 修羅場にならないの?
 コナンの驚きようから見て彼も予想にしなかった来店だ。

「そちらの方は?」
「あ、えと、苗字───」

 名を問われたので関わりたくないなと思いつつもここで答えないと疑われると察し、会釈をしながら名乗ろうとした次の瞬間。
 バンッッ と派手に大きな音が聞こえ、何が起きたかなんて言われなくともわかる。カウンターの裏から伸びた褐色の手は水が入っているグラスが割れない程度に力み、音の発生源は溢さないことを第一に考えた、乱暴な置き方だったらしい。
 隣にいるコナンの顔は青ざめている。うん、怖い。引きつりながら視線を安室に向けると、額に青筋を立てたとても良い笑顔を浮かべていた。

「いらっしゃいませ、お決まりですか」
「いえ、まだです」
「そうですか、決まりましたらお呼びください」

 いつからここは地雷原になったんだよ。若干他の客も引いてるじゃないか。喧嘩なら他所でやってくれ。

「……こええ」

 ぽつり、呟いた言葉は誰に届くこともなく、ため息をついた。誰が好きこのんで地雷原にいたいと思うか。安室が調理に戻り、原因の沖矢に視線を送ると、……笑っている。この状況で笑っていた。

「く、っふ、くく……」

(素が出てますよ……赤井さん……)

 肩を震わせ笑いを我慢している沖矢は何がしたかったんだろうか。女性店員の梓にケーキと珈琲を頼み、食べ終えたらさっさと会計をして退店してしまう。
 あまり考えたくないことだが、まさか安室の反応を見るためだけに来たのだろうか。それだとしたら性格悪いにもほどがある。

「……何しに来たんだ、あのひと」

 まったく同意である。

「………名前さん」
「っはい!?」

 気づけば後ろに立っていた安室にびっくりしながらも返事をすると、彼は苦く笑う。安室は名前の反応にやらかしたと思いつつも話を続ける。

「十三時で上がりなんです。よかったら家までお送りしますよ」
「えっ、でも」
「送らせてください。ほら、僕のことを知りたいんですよね?」
「いや今日でなくても……………ハイ」

 にこにこと昨日の話題を振る安室に断ろうとしたが、有無を言わせない圧力があり折れた。
 日頃あまりひびらないコナンでさえ顔色が真っ青なのだから、おそらく彼はいま、すこぶる機嫌が悪い。ここで何かやらかせば明日の朝日は拝めないだろう。

「では、少し待っていてください」

 にっこり。そう、にっこり。
 なんの死刑宣告だろうか。こっそり帰宅できないだろうか、バレたら殺られる。それは嫌だ。

「……………どうしよう」
「……ファイト、お姉ちゃん」

 下手な慰めはいらないから助けてほしかったです。コナン君。


 ───ところで、緋色シリーズは終わってるの?
 アッ、まだなのね。納得。嘘だろ。



181107






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