青春の爪痕

5 こんなに近くに、一番近くにいるのに

「これで最後か」
「はい、ありがとうございます」

 荷物置き場からクーラーボックスを持っていく牛島さんにお礼を言い、私も残りの荷物を両手に持ってついていく。夜まで続けられた練習後、お風呂で汗を流してから合宿所にきたので、今日はもう練習はないので軽いミーティングを行って明日に備えて寝るだけだ。
 食材を冷蔵庫の中にしまうのも手伝ってくれる牛島さんに重ねて礼を言って、自分に割り当てられた部屋へと入る。去年は3年のマネさんと一緒だったからか、今年は広く感じてしまう。

「明日は5時半に起きて、と……」

 お米の炊飯は先程予約を済ませ、最小音量でアラームが鳴る仕掛けとなっている。今回の合宿は基本的にレギュラーメンバーを中心にメニューが組まれているため、同行している一年部員も料理担当となっていた。
 とりあえず最低限の洗顔と歯を磨きに部屋を出たところで、ちょうど廊下を歩いていた瀬見さんが見え、小さく会釈をする。

「おー鷲谷。お疲れ」
「お疲れ様です、歯磨きですか?」
「今やっとかないといつになるかわかんなくてな、天童が月9みんなで見ようって言い出して、強制的に食堂に連れ込まれてんだよ」

 鷲谷も巻き込まれたくなかったら食堂には近づくなよ、と言いながら歩を進める瀬見さんは見間違えじゃなければ少し楽しそう。食堂から監督とコーチのいる部屋まで距離があるので、多少騒いでも気づかれなさそうだ。
 今放送しているドラマは確か、同僚に恋をして実らせたのはいいけれど、その同僚の浮気発覚でどんどん泥沼に発展していくという展開だった。小説が先に出てこれが思った以上に評判がよく、ようやく今をときめく俳優さんと女優さんを揃えてドラマ化したらしい。

「そういえば、天童が言ってたんだけどよ」
「? はい」
「鷲谷って少しブリュンヒルデ玲子に似てるよな」
「……はい?」

 そう言って立ち止まってまじまじと顔を覗き込む瀬見さんに驚きながらも、私もブリュンヒルデ玲子の顔を思い浮かべる……が、似ているか……? あんな大人の色気みたいなものは私にはないんだけど。

「顔っつーか……こう、雰囲気?」
「いや……私に言われても困るだけなんですけど」

 雰囲気って。

「あっ、瀬見さんと鷲谷さん!」
「おー工、何してんだ」
「寝る前のスクワットです! 毎日してるんですよ」
「へぇ……やるのは構わないが洗面所前はやめろ」
「へ?」
「ここ使う人にとって邪魔になるよってこと」
「そうですか! わかりました!」

 凄い五色の頭に犬の耳が見える。白鳥沢に入る前まで近所の人が飼っていたチワワ……。本人に言えばシェパードにしてくださいとかなんとか喧しく言われそうだから黙っておくけど。
 一度顔を洗ってすっきりした様子で廊下を歩く五色に私は声をかけ、

「合宿はきついだろうけど、がんばってね」
「はい! おやすみなさい」

 手を振って自分も洗顔と歯磨きを済まして瀬見さんと別れる。部屋に戻る前に一応台所の確認をするべく盛り上がっている食堂へ。特に天童さんが盛り上がってるな。
 食堂には白布を除いた面々がテレビを見ていて、その中に川西がいた。

「ちょっ今のかわいくない?」
「たしかに、あざとかわいいって言われるやつか」
「若利クンこういうときでも真顔はやめようヨ〜」
「? 至って真剣に見ているんだが」
「わかってない!!」

 は、ははは。牛島さんの天然はいつもと同じだし、大平さんは遺憾なく微かな笑顔でその場をとりなしているし、山形さんは山形さんで真面目にドラマを観ている。

「あ! 見て見てこの子賢二郎の前髪にそっくり!!」
「ブフッ」
「おまっ、俺らが必死に黙ってたことを……!」

 どうやら天童さんが指差した主人公の幼馴染の男の前髪が白布とそっくりならしい。ここからでは屈強な体を持つ牛島さんの背中しか映らないから、見えないけどと、そう思っていたら天童さんが私の背中を押してきた。待って、いつ背後に回ったんですか。

「ほらこれ」
「……ほんとだ……そっくりですね」

 タイミングよくセリフを発しているその幼馴染は確かに白布のアシンメトリーのような前髪をしていて、表情が滅多に変わらないという設定も白布と似ている。瀬見さんが「白布モデルかよ」という言葉には同意しかない。

「俺、付き合うんだったらブリュンヒルデ玲子がいいな〜」
「高望みしすぎだろ」
「ただの願いだよー、じゃあ獅音は?」
「料理がうまい人、だな」

 あ、これ逃げたい話のやつだ。山形さんも若干顔を引きつらせている。先輩たち、色恋沙汰の話好きなのは去年から知っているし、だからこそこっそりと食堂から抜け出そうとしたのに……。どうしてだろう、めっちゃ牛島さんから視線を感じる。はっきり言って何考えてるかわからないから凄く怖い。

「若利はバレーが恋人っぽいよな」
「何そのパワーワード」
「バレーが恋人……」
「白○恋人みたいなリズムで言うなよ……」

 牛島さんって恋愛できるんだろうか。バレーに関してはめちゃくちゃストイックでその実力にあぐらをかくことなく、ただひたすらに強さを追い求めている牛島さんは、バレーに興味が全振りされてしまっているのか少し抜けている。まあつまり天然ってことだ。
 ドラマも佳境を迎え、次回に対する伏線が展開されていく中、まだまだ盛り上がりは続き現在時刻は9時47分。そろそろ就寝しなければ明日に響く。

「紅花チャン選んでみてよ、付き合うんだったらこの中でだーれ?」
「エッ」

 何がどうなってその質問になったのか話が見えず、川西に助けを求めるも肩を竦めるばかりでなんの役にも立たない。こうなった天童さんから逃げるのにも一苦労だし、ましてやここで嘘をついても嗅覚がとても鋭い彼には見抜かれてしまうだろう。
 でも、あの人への想いは、まだ誰にも知られたくないから。



執筆日:2018/10/29
公開日:2018/10/30
 GW合宿移動話。バレー漬けの彼らも月9を観たり、好きなタイプは誰なのか、そんな話をするお年頃なのだと思うのです。ウシワカと白布は別として。


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