青春の爪痕

14 だってこれが私だから

 インターハイ予選初日、白鳥沢と扇南高校との試合はこちらのストレート勝ちで幕を下ろした。絶対王者と評されるうちが負けるところなんて想像がつかないし、ましてや県内で立ちはだかる壁といえば決勝で争うことが多い青葉城西や、粘りのプレーを見せる和久南ぐらいで。
 撤収するべくベンチ下に置いていた筆記用具とテーピングなど様々なものが入っている箱を取り出して、さぁ自分も選手の後に続こうとした際、ころん、と筆箱から一本のシャーペンが転がってしまい、しゃがみこんで取ろうとした、が、

「う、ッわぁ!?」

 眼前に落ちていた使用済みのタオルに気づかず足をひっかけ、思い切り尻餅をついてしまった。しかも、かなり大きな声を出してしまった……。監督やコーチは既にコート側からいなくなっていたとはいえ、まだ周囲には選手が多数いて、恥ずかしいことこの上ない。とっとと起き上がろうとしたら、目の前に手が差し伸べられ顔を上げると、ぶすっとした賢二郎が。

「どんくさすぎ」
「う、ごめん」
「……怪我は」
「してないよ、ありがとう」

 賢二郎の手を借りて起き上がり、尻餅をついた拍子に散らばったノートを取って埃を払う。はー……好きな男の子の前でこの間抜けは痛い。

「派手に行ったネ紅花ちゃん〜〜平気?」
「あ、はい、大丈夫です。足元見てなかった私のせいなので……」

 天童さんにも見られるとか。明日からかわれそうでやだなぁ。唯一の救いなのは怒号が飛んでくる監督がこの場にいないことか。
 初戦を終えて、元の目的である帰還をするため体育館をあとにして専用バスで白鳥沢へ戻ると、疲労が蓄積されている体を回復させるよう指示が回り、当たり前だが午後が完全オフとなった。オフでもボールに触りたがるバレー馬鹿と呼ばれる主将はいるんですけどね。

「紅花先輩、スコアブックここに置いておきますね」
「あっありがとう〜! どう、うまく書けた?」
「はい。みなさんのデータもばっちりです」

 右手でオッケーマークを作る優ちゃんも、結構バレー部に馴染んできた。よく五色が声を掛けているのを見かける。男子バレー部について聞いたのが五色だったらしいし、五色にとったら初めての同級生のマネージャーだからな……。
 今日の試合で使用したボトルが入った籠を水場に持っていき、じゃばじゃばと洗っていると、水音に紛れるように微かな音が体育館内から聞こえ、洗う手を休めて優ちゃんと中の様子を伺い見てみる。そこにはやはりというかなんというか……試合に出て疲れているはずなのにトスを上げ、スパイクを打ち、そのボールを拾いつつ練習に参加しているバレー馬鹿が三人。いや、四人か。

「……いいんですか、あれ」

 整った眉を顰めさせ、小さく呟くように吐き出された言葉に私は苦笑いをこぼして首を横に振った。

「監督の言葉に反してるし、オーバーワークは全くよくないよ」
「そう言ってますけど、なんだか楽しそうですね……?」

 体力お化けかがむしゃらか。コート内で自分の仕事を全うしていく彼らの背負うものは、彼らを支える私たちと違えど、目指すものは同じ。もう一本、もう一本と、地道な努力を続ける者に与えられる試合の場。彼らの邪魔はできないなと踵を返そうとしたら「止めなくていいんですか」と、思った以上に心配げな顔つきの優ちゃんがいて、私はきょとんと目を瞬かせた。それから口角をあげ、こう言った。

「自分の体の限界を知らない馬鹿なんて、ここにはいないべよ」

 持論だけども、事実、牛島さんはオフの日に練習していても翌日の練習には響いておらず、逆にボールに触れない日はないんじゃないかと思うほどに。それに付き合う賢二郎や太一、瀬見さんも然り。放置したままのボトル洗いを再開させ、時折、聞こえてくるシューズの擦れる音とボールが床を弾く音をBGMにマネージャーとしての仕事をこなしていくのであった。


▽▽▽


 意外とマネージャーの仕事は見えないところにもあり、ひとりで抱える量も少なくはない。試合で着用したユニフォームの洗濯、天日干しも私たちの仕事だ。土曜日の女子寮は平日と比べれば僅かに賑わっていて、一時的に授業から解き放たれて談話室で楽しそうに話をしている他の生徒たちを横目に、ランドリールームで洗濯機を回し始めた。十二名をふたつに分け、終了するのは約一時間後。だけどその間にもやることはある。選手たちが活躍するのが試合の場であれば、マネージャーは準備期間が活躍の場であるのだ。
 洗濯物干しが終わったら次はルーチンワークであるボール磨き、そして移動の際に手間がかからなくさせるための準備。ああ、あと斎藤先生にさっき一年生から預かった他校のビデオ渡さなきゃ。

「鷲谷さん?」
「ん……あ、委員長」
「委員長じゃなくて、川邊よ」
「うそうそ、川邊さん」

 女子寮内部にある用具室に向かっている途中、私のクラスの学級委員長である川邊茜さんとばったり出くわし、進行方向が同じなのか自然と隣についた。

「バレー部初戦突破したって聞いた、おめでとう」
「わ、話が回るの早いねぇ」
「そりゃチアですもの、そういう情報キャッチするのは早いわよ」

 川邊さんはチアリーディング部の一員で、誰かから聞いた覚えがあるけれど時期リーダー候補なのだとか。一度だけ彼女たちの練習風景を見させてもらったことがあるが、キレのある動きで一糸乱れぬダンスは心惹かれるものがあった。確か県予選決勝から全校応援があるんだったか。応援は選手たちの力になるし、期待に応えようと頑張れるから嬉しいものだ。

「選手たちもそうだけど、鷲谷さんもお疲れ様」
「ありがとう、まだまだ頑張るけどね」

 じゃあ用事あるのこっちだから、と階段付近で別れる。曲がったことが大嫌いな彼女の性格が由来し、一部のクラスメイトからは委員長のあだ名で親しまれ、いつも人の輪の中心にいて、少しだけ羨ましいと思うことがある。
 バレー部のマネージャーというだけで視線を感じることがある。羨望や憧憬、嫉妬といったものに相変わらず慣れず、さらにはそれが原因であまり大きく騒いでいるような女子生徒とは打ち解けられていない。もともと静かに過ごす方が好きという理由もあるのだが、上記の理由も相まって積極的に仲良くなろうとは思えないのである。全国大会出場の常連校である学校のマネージャーをするのは、そう簡単ではない。寝ても覚めても練習、練習、練習。打ち込む選手たちを支えるために土日なんてあってないようなもの。自らに与えられた自由など全てをバレー部に捧げ、チームのために貢献することが大前提だ。斎藤先生に聞くと、私がマネージャーになる前に何人か立候補で入部した人たちがいたけれど、徐々に遅刻が増え、結局はついていけないという理由で辞めてしまったのだと。根性無しが、と監督は憤慨していたらしいが。

「それを考えたら、優ちゃんっていい子だよね」
「はい?」

 頼んでいた仕事を終わらせて女子寮に戻ってきた優ちゃんと一緒に選手のユニフォームを干しながらぼやくと、怪訝そうに見られてしまった。

「何も文句も言わないし、言われたことはこなすし」
「……どんな形でもまたバレーに関わるって決めたんです。中途半端な関わり方は嫌ですから」
「うーん、かっこいい」

 我ながら良い人材を発掘したと思う。こんないい子、滅多にいないだろう。うん、私偉い。
 乾くのにも時間はかかるし、やり残している仕事も多くない。日が暮れる前には優ちゃんを家に帰すことができるかなぁ。そう考えながら小さく息をつくのだった。




執筆日:2018/11/11
公開日:2018/11/15
 予選と予選の間のお話。白鳥沢バレー部って本当に期待されていたんだなぁ、とTSU○AYAから借りた『白鳥沢学園高校戦』を見ながらしみじみ感じております……凄い青春を過ごしていて、何かに一途に取り組めるって素晴らしい、、、


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