青春の爪痕

12 気取った言葉じゃ、伝えきれない

「賢二郎は、いつから紅花のことが好きなの?」
「は?」

 風呂を済まして今週末から始まるインターハイ予選について太一と話すために部屋を訪れて、開口一番それかよ。牛乳パックを潰しながらの表情はいつもと変わらず無である。というかまだ身長伸ばす気かよ少し寄越せ。

「なに急に」
「今思ったんじゃねえんだわ、俺のイメージでごめんだけど賢二郎って紅花みたいなタイプ好きにならなそうに見えたから」
「…………」

 備え付けのゴミ箱に投げ入れ、「どうなの?」と聞いてくる太一にため息をつく。はぐらかしたり質問を躱すことは可能だ。しかしこの感情を知っているやつは現状太一しかいない。誰かに言いふらしたりする口の軽い人間じゃないから、俺もこいつの前では吐き出せた。
 鷲谷紅花。太一と俺が所属する男子バレーボール部マネージャーで、同じクラスの女の子。見た目はたぶん結構整ってる部類に入ると思う……が、本人の性格のおかげで高嶺の花としてではなく、気軽に話せる友人と認定されることが多い。バカみたいにはしゃいだり大きな声を出して喜ぶのではなく、適度にふざけて適度に楽しているのが紅花だ。……話が逸れた、なんだっけ。ああ、いつから好きになったか。まあ確かに太一の印象は当たっている。俺の性格が面倒なのは自分でもわかっているから、付き合うとしたならあまり物事に頓着しない女の子がいいと思っていた。つまり紅花は、深く踏み込んで荒らしたりはしないが俺の理想とはかけ離れたタイプであった。

「これといったきっかけはない」
「お? そなの?」
「最初はバレーについて詳しいのと、一年で入りたての頃に先輩がマネ不足に悩んでたことがあって勧誘しただけ」
「紅花が入部したとき喜んでたもんなー」

 主に卒業していった元三年が。一昨年も引き継ぎを失敗していたらしく(引き継ぎが失敗するの多くね?)マネージャーが欲しいと嘆いていた。別にそれを聞いたから連れてきたのではなく、ただなんというか、あの日女子が体育でバレーをやっているところをぼんやりと見てたら、彼女がここ最近までバレーに携わっていた人間ということがわかり、気がついたら放課後の部活前に勧誘をしていた。その時はまだ、好きではなかったんだけど。
 でも気づいたら目で追っていることが多くて、それが顕著に現れたのは……他クラスのやつに呼び出しを受けたあいつを見てからだ。

「なあ、牛島さんたちにとったら、これが最後の夏なんだよな」
「春高も行くんだから最後じゃねーだろ」
「夏は最後じゃん。そうじゃなくて、どんな気持ちで迎えてるんだろうなって。来年の今頃は、俺と賢二郎もそうじゃんか」

 感傷に浸ってるのかね、と太一が言っているのにさほど興味なさげにしているのはもうこいつのデフォだ。よく周りから何考えてるかわからないよねと言われることが多いが、その言葉は太一のためにある言葉だと最近思ってきたりもしている。

「……天童さんはうるさいだろうな」
「だな。意外と紅花も涙もろいし」

 元三年が卒業したとき、誰より泣いていた様子を思い浮かべながら頷く。あいつの泣き顔を見てもらい泣きした先輩もいたし、影響力が高いというか感受性が鋭いというか……。と思っていたら観察眼も鋭いし。
 とか考えてたら、隣でにやにやした視線を感じて、舌打ちを一つ零して見やると、

「ところで賢二郎くんや、いつ紅花に告るんですかね?」
「出たようざ太一」
「ひどくね?」
「今の関係で満足してるし、今はそんなの気にしてる暇ない」
「そーだけどよ」
「……なに、今日はいつも以上につっかかってくるな」

 俺がこいつに紅花への想いを自覚したことを告げた時みたいな、面倒な展開になるのは勘弁である。太一は周りに興味なさげに見えて、実はそうでもなかったりするのだ。
 そんなもの今はどうでもいい。

「案外あちらさんも同じ気持ち」
「太一」
「ういっす」

 一睨みと一言で制すと、太一はやれやれと肩を竦めながらため息をついた。憶測のでない気持ちなど聞きたくはなかった。


▽▽▽


「賢二郎ーおつかれ」
「おつかれ」
「今日もナイストスだったよ、牛島さんや他の人たちとのタイミングもだんだん合ってきてるし。結構いい感じだね」
「監督が何も言わないのならいいのかもな」

 夏に入るのが遅い東北地方といえど、5月末になって室内で汗水たらせば熱気がこもり、真夏並みの暑さが襲う。クーラーボックスから冷えたタオルを取り出して、手渡してくれたドリンクを大きく飲んだ。それでも暑さは消えないのだから困ったものである。
 ミニゲームを終えると共に十分の休憩に入り、紅花がクーラーボックスを肩にひっさげ、部員にドリンクを届ける彼女を壁にもたれながら見つめていると、使用済みのボールを籠に入れていく一年マネと工が視界に入った。

「萩沼さんはどこ中だった?」
「千鳥山」
「あっ男女バレーが強いとこ!」

 ……完全にテンションが違うじゃねえか気づけよおかっぱ野郎。

「優ちゃーん! モップおねがい!」
「はい!」
「鷲谷ー監督が呼んでる」
「えっ、なんだろわかった!」

 重症だな。太一に言われるまでもなく、やばい。気づけば姿を追っているし(試合中や練習中はともかく)クラスでは何を話しているかですら気になってしまう。

「どこ見てんの」
「紅花」
「素直すぎて俺お前のこと怖いわ」
「なんでだよ」

 どこかでしたような会話をしながら時間を確認したら休憩終わりまで残り五分を切っていた。監督は野暮用でおらず、呼ばれた紅花もまだ戻ってきていない。次の練習メニューは対人パスだったな……時間的にこれが最後だ。まあ自主練があるからあまり関係はないが。
 大会予選まで残り二日。最終調整は一昨日終わらせ、いつもどおりの練習風景。本番は練習のように、練習は本番のように。疎かにしたその一本が勝敗を決す一本と思え。

 インターハイで全国制覇を果たすことができたら、あいつに想いを伝えてもいいのかもしれない。




執筆日:2018/11/09
公開日:2018/11/13
 遅くなりました。閲覧ロックがかかったりなんやらで更新が亀になってます……あとリアルで多忙時期に入ったので遅なります……。


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