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「幼少時、私は天女に会った事があってね」

「はあ…。天女、ですか」


演奏を終え、二人は廊下で話をしていた。
横笛が吹けることを聞くと、彼はそう話を始めたのである。

その話によると、天女に出会ったのは今日のような夜―。
同じように空を見つめていたら、目の前をふわり、と何かが飛んだ。
最初は鳥かと思ったのだが、鳥にしてはやけに大きい。

もしや、妖物の類ではなかろうか―。

そう思った瞬間、またもや、目の前を何かが飛んだ。
よく目を凝らしてみれば、それは天女だった。



「その天女は、笛を吹きながら空を舞っていた」


天女は演奏を終えた後、近づいて来たのだという。
その時、少年だった郭嘉は息を呑んだ。
天女の顔が、とてつもなく美しかったからだ―。
彼女は少年の顔を見つめた後、先ほど吹いていた笛を渡してきた。



「この笛が、例の笛さ」


郭嘉が渡して見せてくれたのは、至って普通の横笛。
しかし、どことなく『この世のもの』ではないという雰囲気が漂っていた。
名無しはそれを返すと、


「天女がその、教えてくれたという事なんでしょうか」

「いいや。天女は笛を渡した後、何処かへ行ってしまった」


少年は初めて『笛』を手にしたのだが、教えて貰っていないのに音が出せた。
次の瞬間、ありとあらゆる旋律が思い浮かんできたのである。
それが楽しくなり、また、怖くなった。


「それ以来、吹かなくなってしまったのだが」


君の音色を聞いたら、思い出したんだ―。

そして、数十年ぶりにこの笛を吹いたのだ、と話してくれた。
話が壮大だったのだが、何だか少し信じてみたくなった。

と、その時だった。



「さすが、郭嘉。気になるものに手を出すのが早い」


第三者の声が聞こえ、見れば、曹操の姿がそこにあった。
名無しは会釈をして、郭嘉は嬉しそうに声を上げる。


「これはこれは、曹操殿。もしや、いらしていたとは」

「二胡の音色に誘われて、な」

「彼女の演奏だったのです。横で楽しませて貰いましたよ」

「お前の事だ。口説き落とそうとしていたのではあるまい」

「いいえ。彼女の演奏を純粋に聞きたかったのですよ」


君主と軍師、二人の会話を聞いて名無しは少し呆れてしまった。

なるほど、これは確かに似たもの同士。
どちらも色好みといえば、色好み。しかし―。
二人には、欠点というものがひとつだけあった。


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