02
次の日から綾十は俺に付き纏わなくなった。
わざわざ他の生徒に言って変わって貰った席も本来の席に戻り、こちらを見ようともしない。
一人寮まで帰る帰り道があんなに遠いとは思っていなかった。
綾十が入り浸っていた俺の部屋はとても静かで、同室者が居ない一人部屋の俺は何かに押し潰されそうだった。
今までウザいくらいに付き纏っていたのにこの変わり様は何だ、そう思うとイライラしてきて勉強に集中できない。
胸の中にもやもやしたものが溜まっていく。
それが俺には理解出来なかった。
俺の隣の綾十の寮に行くとそこにはリビングのソファーに座って読書をしている綾十の姿があった。
同室者の姿はない。
当たり前である。
彼も俺とじく一人部屋だからだ。
一人部屋は成績優秀者に与えられる特権である。
それはつまり学年首席と次席であることを意味する。
かなり不本意だが綾十はああ見えて頭がいい。
「綾十」
「…なに」
此方も見らずに呟く綾十。
その横顔を見ていると何故か心臓の辺りがズキリと痛んだ。
「あやと、」
自分でも気持ちわるいぐらい甘くて泣きそうな情けない声が出た。
目が熱い。
歪む視界の中、ぎょっとしたような綾十の顔に違和感を覚える。
「あやと、あや…」
「はじめちゃん?」
どうしたの、大丈夫?そう言いながら此方に歩いて来ようとする。
しかし、その言葉を言い終わる前に綾十の身体は崩れ落ちた。
「綾十!?」
急いで駆け寄り綾十の身体を抱える。
それは熱く、先程の違和感の正体が分かった。
それから急いで保険医に連絡を入れると保険医は飛んできた。
「はじめ…」
綾十に名前を呼ばれたことで目が覚めた。
恥ずかしながら、綾十を看病しながら寝てしまっていたようだ。
「はじめちゃん…ごめ」
「なぁ、俺のこと嫌いになった?」
綾十の言葉に被せるように自分の疑問を投げ掛ける。
綾十は悪くないのだから謝られたくなかった。
「………」
沈黙が重い。
息苦しくてひとつ、深呼吸をした。
「綾十、俺のこと避けてただろ?」
「っ…それは、」
何か綾十が言おうとしたが、俺は聞きたくなくて手で制した。
「そうだよな、あんだけお前のこと酷い扱いしてたのに嫌いにならないわけないよな」
言い切ったと同時に左目から涙が一粒流れた。
今度こそ本気で驚いた顔した綾十。
当たり前だ。
俺はどんなに親しくても人前で涙を流したりしない。
こんなことは初めてだ。
きっと、綾十だからだ。
「あやと、俺は…お前が、」
「っ、はじめちゃん!!!」
急に綾十に引き寄せられ長い腕の中に閉じ込められる。
ぎゅう、と力がこめられるのがわかった。
お互いの肩に顔を埋めるように抱き締めあった。
「はじめちゃん…おれ、」
綾十の声が震えていて啜り泣いているのがわかった。
顔は見えないけれど、こんな時でもイケメンなんだろうな畜生。
俺の肩は湿っていた。
でもきっと綾十の肩はもっと湿っていた。
「はじめちゃん、好きです」
「………知ってる」
どこまでも可愛いげのない俺。
でもそんな俺のことを見つめる綾十の表情はとても優しくて。
「俺と付き合ってくれますか」
「…お前みたいな奴俺にしか面倒見きれないだろ」
俺の遠回しの肯定に綾十は更に顔を綻ばせた。
end
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