※死ネタ注意










恋人が死んだ。
いや、恋人と言っては語弊があるかもしれない。
幾度も身体を重ねはしたが「愛してる」とも言ったこともないし、言われたこともない。
それでも俺はアイツのことを嫌いでは無かった。


俺の相棒。
二人で数々の任務をこなしてきた。
ショウと一緒に三人の時だってあったけれども、それでも俺はチクと一緒にいた。
失敗など、するはずはなかった。


任務中、鋭い声でコードネームを呼ばれた。
衝撃と共に乾いた銃声が響く。
次の瞬間には僕の指は引き金を引き発砲した敵はただの肉塊と為していた。
僕の身体の上の彼が重たい。
腹の上にうつ伏せになっているのを仰向けにする。
ぬるりと手に感触がして呆然とそれを見つめた。
赤い、赤い、赤。

「チク」

彼の名を呟く。
違う。
これはコードネームだ。
コードネームなのだ。
僕にはコードネームしか呟けない。
しらない、知らない。
彼のことを知らない。
好きな煙草の銘柄、行為の最中にしつこく噛む癖。
ザクロの食感が嫌い。
そんなことは知っているのに、名前すら知らない。


今とても、凄く後悔をしている。
目の前で死のうとしている命の本当の名前を知りたかった。
彼は確実に死ぬ。
それは今までの経験からわかっていた。
弾丸は彼の急所を確実に貫いていた。
顔が青い。
苦しそうだ。
助かりそうにもない。
救われない。

「チク」

呼び掛ける。
死ぬな、死なないでくれ。
僕の声に反応するようにチクは薄く瞼を上げた。
苦しいだろうに、痛いだろうに、辛いだろうに、それでも彼は僕の頬に手を触れさせ微笑んだ。
僕が大好きなチクの表情。
優しげに笑う彼が好きだった。

「バイ」
「…チク」

声が震えた。
小刻みに震える手を彼の手に重ねる。

「泣か、ない…で、バイ」

苦しそうに紡がれる言葉。
嗚呼、僕は泣いているのか、道理でチクの顔がよく見えないわけだ。
チク、チク。

「バイ、ありがとう」

なんで、今そんなこと。
そっか、今だからだ。
彼は自覚しているのだ。
もう自分の命が永くはないことを。

「チク、チク、ありがとう」

ありがとう、ありがとう。
僕がありがとうだ。
僕のせいで彼は死ぬ。
僕が愛した人は、僕のせいで死ぬのだ。
嗚呼、チク、君の名前を一度でいいから呼びたかった。

「チク、ありがとう」

チクはその言葉に満足したように微笑んだ。
そして瞳が閉じられた。
嗚呼、チク。
愛しい人よ。
君は僕を置いて逝ってしまった。
もう君の瞳に僕を映すことはないだろう。
それでも僕は、君と出会えて幸せだった。



さよなら、チク。
僕の愛した人。




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