memo | ナノ

真っ白な部屋だ。病院のようにすべてが真っ白だ。ここはどこだと聞かれれば病院だから、当たり前のことだけれど。
鼻につく独特の匂いに顔をしかめる。僕はこの匂いが好きではなかった。死と生の間隙に生じたようなこの空間は異物である自分を拒んでいるように感じられた。
ここは病院の入院病棟であり、尚且つ若くして不治の病に倒れた不運な青年の為の一人部屋であった。
部屋に置かれた吐き気がするほど真っ白なベッドに近付く。ベッドの中心で身体を丸めるように横になっている彼が件の青年だ。
髪の色は人工だとわかる金髪でその髪から覗く顔はえらく端正なものだった。
人の気配に気が付いたのか、青年は僅かに身を捩る。
震える瞼から現れた瞳は日本人特有の黒で金髪とのアンバランスさが滑稽だった。
とりあえず騒がれてはまずいので挨拶しよう。

「おはようございます」
「あ?お前誰だよ?」

寝起きの掠れた声で凄まれる。
原因不明の病に倒れる前は随分とやんちゃしてたらしく、それなりに怖い。
まぁ、僕は殴られようが何されようがダメージを受けないからどんなにこの青年が強かろうが関係ないんだけど。

「君、ハルキくんだよね」

僕、トウマ。よろしくね。
それだけ言うと、警戒を露にしたハルキは鋭い目で俺を睨み付けてくる。

「なんで、俺の名前知ってんだよ…!」

いささか興奮し過ぎたようでハルキはそのまま激しく咳き込んだ。途切れ途切れに呼吸をする様は酷く痛ましい。

「苦しそうだね、ハルキ」

そうトウマは呟くとハルキの肩に手を当て顎を引き上を向かせると、そのままハルキの唇に自分のそれを軽く当てた。

ハルキは反射的に拳を握り振りかぶっていた。それはトウマの頬に吸い込まれていった。
肉と骨のぶつかる音がする。

「いた、」

トウマは小さく呟いた。

「痛くない」

悲しそうにトウマは言った。

「痛くないんだ全く」

確かにトウマの顔は反射的に歪められはしたが、痛みは感じていなかったようだ。むしろ殴ったハルキの拳の方が痛そうだ。

「ね、さっきより体調よくなったんじゃない?」

トウマの言葉にハルキはいつも感じている頭の重みも関節の痛みも無いことに気が付いた。医者にも匙を投げられ、ハルキを苦しめていたものが先程の触れあいから緩和されている。
驚きに固まるトウマに気付いたのかハルキは得意気な表情で語る。
「やっぱり"繋がって"るんだね」
「どういうことだよ」

不可解なハルキの言葉にトウマは疑問をぶつける。ハルキが話した内容はこうだ。

トウマとハルキは"繋がって"いる。愛や友情、血縁関係などのような容易く切れる脆い"繋がり"などではなく言い表すならば、そう。魂だろうか。二人を生かす生命の根源において繋がっているのだ。
本来ならば"繋がって"いようがいまいが問題はない。しかしトウマとハルキの場合、均衡が崩れたのだ。
通常"繋がって"いたとしてもほとんど干渉することはない。しかし二人の場合は悲しみや苦痛などの"負の接触"は全てトウマに渡り、喜び、幸せなどの"正の接触"はハルキに渡った。トウマの身体の不調は通常の人間ではあり得ない二人分の"負の接触"の負荷の為であった。
それが先ほどのように粘膜同士の触れあい、体液の交換、そういった行為により一時的であるが緩和されるのだ。説明を受けながらトウマは内心うんざりしていた。そんな空想染みた話があってたまるか。