悪くない


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ーーー



「はぁ」

ベッドで苦しそうに眠っているアンを見て思わずため息を吐いた。風邪をひいて熱が出ることは誰にでもあるだろう、俺だって昔はあった。でも・・・

「倒れるまで気付かないのはちょっとおかしいだろ」

ポツリと語り掛けるが反応はない。薬が効いてるのか分からないがよく眠ってる、早くよくなるといい。自分と同じ色の髪の毛を手櫛で軽く整えてやる。やるせない気持ちで脱力しながらドカリと椅子に座る。

「言えよ・・・いや、無理か」

元気な時の彼女を思い出して小さく笑った。
言葉を覚えたての子供の様な喋りしか出来ない、それでもジェスチャーを取り入れ、感謝や喜びを精一杯伝えようとするアンの姿。
彼女は言葉を知らない・・・正確にいうと、この世界の言葉を知らない。常識さえも。
エアル、魔導器、魔核、魔物その他色々。教えなくちゃならないことは沢山あるが、まずは言葉を覚えてもらわなければ説明も出来ない。ここ1ヶ月程テッドやハンクスじいさんのお陰で拙いながらに会話が出来るようになった矢先、具合の悪さを伝える言葉を知らずに倒れた。

「具合悪いのに、いつもみたいに動き回れねぇわな」

悲しい、怒った、嬉しい、言葉は通じなかったが、彼女は大きく表情や体を動かすことで伝えてきたし、こちらもそれを理解することが出来ていた。しかし、今回のような体調不良では表情さえ動かすのは難しそうだ。
具合が良くなったら真っ先に体調に関する言葉を教えようと心に決めて、小さく自分の膝を叩いた。

「・・・ん?」

「わりっ起こしたか?まだ寝てろよ・・・ねる、な?」

さっき声掛けた時は起きなかったし、膝を叩く音くらいでは起きないと思っていた。悪いことしたと思いながら額の髪の毛を軽く撫でて左右に払う。少し汗が滲んでいて濡れたタオルで軽く拭いてやる。アンの視線がゆっくりと俺の方に向けられ、呟くような声で問いかけてきた。

「・・・わるい?ユーリ」

アンの言葉に眉が歪む。俺が悪いわけでは無い、だがもっと気を使ってやれた。
会話もままならない彼女の具合を倒れるまで気付いてやれなかった。今思えば今日は起きてきた時から様子が変だったのだ。俺が家を出ようとしたタイミングで起きてきたアン。

「いってらっしゃい」

「あぁ、行ってくる」

挨拶を交わすと着替えもせず寝巻きのまま、テーブルに付くとこもなく、窓際の椅子に座って空を眺めていた。今日はテッドもじいさんも用事があって勉強は休み、みたいなこと言ってたし、ゆっくりしたいこともあるだろうと特に気に留めなかったが、仕事が早めに終わって昼に帰ってきてもまだ窓際で空を眺めていた。食器、食材、何も動いていない台所をチラリと見て、

「おいアン」

と声を掛けようとした次の瞬間には、彼女の体は椅子から傾いていた。

「アン!」

滑り込む様にしてなんとか抱きとめた彼女の体は熱かったわけだ。急いで医者に見てもらって、朝飯も食ってない彼女の口に少しだけ食べ物を入れて、薬を飲ませて眠らせた。それを起こしてしまった訳だ。

「俺が、悪い、すまん」

俺の言葉を聞いてなのか、また眠くなったのか分からないがアンはゆっくり目を閉じた。このまま寝かせてやろうと今度は音を立てないように椅子から立ち上がる。

「・・・ーーーー」

「え?」

椅子から立ち上がったままの俺をアンの熱で潤んだ目が捕まえる。時が止まったような感覚だった。

「ユーリ、ーーーー」

何を言ってるのか分からない、だけど彼女の潤んだ瞳が優しく弧をえがいていたので俺の口元も自然と弧をえがく。

「そうだな、俺もお前も『悪くない』」


(だから早く良くなれよ)

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