「き、きさまらはおれが怖くないのか?」
「あ? ぜんぜん怖くねーよ、だれに向かって言ってんの? 天下の史憲さまだぞ、怖いモンなんかねーよ」
そう言うと片方がワハハと笑った。もう片方はキョトンとしていた。
「なんだ、きでんは怖いのか?」
「は?」
「そなたはおれと同じ人に見えるのだが……実はおに、なのか?」
そう真面目な顔して言うそいつは面白く見えた。
「てかおまえさっきどさくさにまぎれてきさまとか言ったろ! おれの耳はごまかせれねぇぞ!」
「おまえとか言っているやつにそんなこと言われたくないと思うぞ」
「やつとか言うなよバカァ!」
「しかし本当のことであろう?」
「くっ……いちいち突っかかってくんなよ!」
「きでんが突っかかってくるのであろう」
「だあー、もう!」
「ふっ……ははははは!」
「……え?」
二人は、俺が急に笑い出したことに首を傾げていた。
「ふふふふ、ふ……名前を、教えてくれぬか」
"俺"が人とまともに話したのは久方ぶりだった。
──いや、正確にはあるのだが、その人物は人間か物の怪かも分からないような者だ。
「そっ、そういう時はだなあ、自分から名のるのがれいぎってもんだろ!」
「そうだな……すまぬ、おれは元彬だ」
「おれは澄信だ。どうぞよろしくたのむ」
「史憲だ、よろしくな!」
手を握り合う。人の温もりを久しぶりに感じた。こんなに暖かいものなのかと思うと、目が霞んだ。
「っおい、どうした? さては澄信、おまえなんかしたな!?」
「それを言うならば史憲どのであろう。そなたはわがままであるゆえ」
「あん!? なんか言ったか?」
「わがままであると申した。耳が悪いのか?」
良い医者を教えようか、と真顔で澄信は言った。
「そーいういみじゃないっての!」
「は……耳が悪くないのに聞こえなかったのか?」
「だあかあらあ、じょうだん通じねぇやつだな、おまえ!」
「なっ、じょうだんくらいおれにもわかる! 史憲どのをしんぱいしたおれがバカだった」
「あぁ!?」
「なあ、元彬どのもそう思うであろう!?」
「あ、あぁ……」
「ほら、泣くな、おれがまたここ来てやるからよ!」
「ここはおれの剣のしゅぎょうばであるゆえ、そなたは来るでない!」
俺にはきっとここに居場所があるのだ、と思った。
「また……会ってくれるか?」
「ああ、おれは約束をまもる男史憲だからな!」
人として接してくれる、同等に接してくれる。こんなに嬉しいことが他にあろうか。ずっと、こんな時が続けば良いと思ったのは事実だった。
その時を
思い出すことはなく
約束が果たされたのはそれから更に数年後だった。
この記憶は、忘れられていた。
△ ▽