「元彬様、昼餉をお持ち致しました」

女中が襖の向こうでそう言う。

聞いたことのない声だった。

「わかった、ありがとう」

そう言うと、女中はソロソロと襖を開ける。

まだ若い、自分と同じくらいの歳の娘だった。酷く怯えた顔をしていた。

「そこ置いといてくれたら良い」

大方他の女中に何か言われたのだろうと容易に想像がついた。

「で、では失礼します」

恐る恐る部屋に入って膳を置くようすは、なんだかおかしかった。女中の言うことを鵜呑みにして恐れる彼女がもちろんおかしいのだが、そのようにして恐れられる自分はもっとおかしかった。

彼女を見つめていると目が合った。だがすぐに反らされてしまった。

「なあ……」

ビクッと彼女の肩が震えた。

自分は話しかけることも出来ないのかと思えば、笑い出しそうになる。

「おれ、そんなに怖い?」

キョトンとした彼女に、ふ、と笑ってしまった。

「ごめん、とりあえず下がって良いよ」

何も言わない彼女を部屋から出す。

"怖い"と言う言葉を、自分が聞きたくないのだと思った。

彼女が去っていく音が聞こえ、ようやく昼餉に手を伸ばすことが出来た。



その時を
思い出すことはなく





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