つららが異変に気がついたのは彩崎で一番賑わう市場の上空を飛んでいた時である。

「へえー、凄い人盛りですねー。ここって本当に他の国と違って栄えてんすねー」

 ほう、と感嘆の声を漏らすコウの言葉につららは小さく微笑んだ。この国と民は自分の誇りであり、守るべきものなのだ、それを誉められて嬉しくないわけがない。

「色んな人が居るんすねー。お! あそこ凄い人盛りですよ!! 何かあるんすかね」

 その言葉につららは不信に思った。
 ここはたしかに賑わっているが一部に集中する。ということは殆どない。
 つららはコウの視線の先へ目を向け、勢い良く下へと降りて行った。
 嫌な予感がする。
 地上につくと、何かが燃えたような臭いがした。

「何があった」

 その臭いの先へ足をすすめ、真っ青になっている男に声をかけた。
 その男はつららの姿を見た途端、縋るような目でつららの手を掴んだ。

「つ、つらら様! 俺たちを助けて下さい!! 人が、人が!」

 ──その言葉に、つららは自分の予感があたったのを知った。つららの目の前に広がる黒、そこにいたのは──

「なんすかこれは……」

 ──小さな子供たちと、男と女の、燃死体。


 * * *


「へえ、意外に冷静じゃねえか、どっかの誰かさんみてえ」

 一方、そんなつららの姿を観察していた行平は、目の前で仏頂面で遠見の術を施している清にそう声をかけた。
 そんな行平の言葉に清は、小さな声で「当然だ」と言った。

「当然?」

 予想に反した答えに行平は目を見開いた。そんな行平を清は呆れたようにチラッと見て、水面に映るつららに視線を移す。

「あの者は国を守る者だ。そんな守り手が守るものの前で慌てふためく姿を見せるなど有り得ない事だろう」

 清の視線の先に居るつららは町の人間に家に居るように伝え、家に戻した後、遅れてやって来た役人に事後処理の話をしている。
 すべての行動にソツなく隙がない……目の前の男と違って。

「どうしてこんな事をした」
「ああ? 殺すに決まってんだろ? あの女、国の奴らに好かれてんだぜ? こんな男がつらら様の事聞いてきました〜』なんて言われたら困るじゃねえか」
「殺した事じゃない。……何故死体を町中に遺棄した」

 ただ、口封じのために殺すならもっと人目のないところでやるのが鉄則だ。山の中にでも埋めてしまえばまず見つからないし、仮に見つかってしまってもその間に仕事は終わっている。
 それをわざわざ術まで使って殺せば、少し知識のある人間ならこれが術によって殺されたものだと気付くだろうし、つらら程の人間ならこちらの動きを分かってしまうかもしれない。
 ……そんな危険を背負ってまで、この男はこんな事をしでかしたのだ。それ相応の理由があるのだろうな。と睨み付けると行平は小さく苦笑した。

「別に〜ただ俺なりの宣戦布告みたいな」
「……貴様みたいな男は一刻もせんうちにつららに殺されるであろうな!」

 そう吐き捨てた清は一瞬のうちに遠見の術を解き、行平の前から姿を消した。

「て! まだ遠見解いて良いなんて言ってねーよ! ……あのヤロウ、もう帰りやがった……」

 あまりの速さに流石の行平もとめる事が出来ず呆然と清が帰る姿を見届けるしか出来なかった。
 ……見かけに反して短気だ。

「ま、第一の目的は達成出来たからいーけどな」

 行平は先程のつららの姿を思い出す。
 清はどうやら気付いて居なかったようだが、つららはただ冷静さを保っていただけで、心の中では怒りが、悲しみが溢れていたのだ。
 ──こんな事をした犯人への憎しみに変えて。
 行平は戦いを心理戦だと思っている。例えどんな理由があろうとも冷静さを、余裕を失った者の負けだ。怒りによって一時的に強くなり敵を倒す事が出来ても、それは一番大切なものを死の底まで突き落とすのと引き換えだ。
 "経験した"自分は、よく分かる。
 負ける気はしない。
 たしかに優れた術使いであるし、判断力も長けている。けれど誰からも愛されている少女に負ける気は、しない。
 誰からも愛される少女はきっと全てを守ろうとするだろう、国や民の全てを。……自分にそんな能力があるわけないことに気付かず。
 誰かを守る、というのはたった十七歳の少女に出来るほど簡単な事ではないのだ。しかも守るものが多ければ尚更である。
 ……自分はこの年になってもたった一つの守りたいものを完璧に守り切れていないのだから。

「ま、それでも相手は女だしな、ちょっとムカつくけど情けをかけてやるか」

 行平は小さく笑って目の前を歩いていた猫をかき殺した。

「大切なモノを失う前に殺してやるよ」


 * * *


「殺す、なんて行平様かっこいいー! さすがだなあ」
「……さすが、ではすまされぬぞ功風殿」

 彩崎の城の一室で二人の男が鏡に浮かぶ行平の姿を眺めていた。一人はこの城の主である澄信、もう一人は短い髪を無理矢理結んだ、この城には不似合いな、功風と呼ばれた男。

「いやいや!! ちゃんとつららさんもお守りしますよ!! こっちから申し出したんですし……」

 疑惑に満ちた目を向ける澄信を苦笑いでかわしながら功風は鏡の中に映る行平を見た。
 長年長年捜し続けてた望み人。この人のためなら命を落としても良い、と思えた人。

「やっと見つけた……」

 ポツリと発せられた言葉を聞いて、澄信はゾクリと寒気を感じた。──なんと狂気に満ちた声か。

(つらら……)

 澄信は国のため、民のために生きる少女を思う。彼女がとうか苦しまないように出来る限りの手を打たなければならない。
 けれど。

(主導権は……総てあちらだ)

 功風の持ってきた文の送り主を憎々しく思いながら、澄信はその文を握り潰した。






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