ヒュウウ、とつららの周りを風が通り抜ける。
 今、つららは澄信の領地で異変はないか、上空を旋回して見ていた。これは、つららの日課だ。空の上は気持ちいいし、彼女はこの任務が好きだった。
 つららは人より大きい扇子に乗って空へ行く。異国では、絨毯に乗り、又は箒に跨り、空へ旅立つように。

「つららさまあー!」

 地上から声がし、つららは下を覗き込んだ。
 そこにはまだ幼子が数人、キャイキャイと戯れながらつららの方を見てきていた。手を振ってきたので、手を振り返してやると、子供たちは遊びに戻っていった。
 いつまでも、こんな世の中が続けば良い……。そう思うと、決意がまた更に固まった。

「へーえ、アンタ人に好かれてんすねえ」
「何奴!?」

 急に話しかけられてあたりを見渡すと、大きな鳥がいた。


 * * *


「……鷲……?」
「違いますよ、鷹ですよ鷹!」

 あんなただ大きいだけのと一緒にしないでよねー、と自称鷹がぼやいた。

「……何の用だ」

 こんなに大きいのが鷹なのか……と思いながらも話しを進めていく。つららは手際の悪い事が嫌いだ。

「あ、そうそう、その扇子って何人まで乗れます?」
「え? 2、3人くらいは大丈夫だと思うが……」

 つららがそう答えると、鷹は大きく揺れ、扇子の上にちょこんと乗った。

「……は?」

 鷹が何故扇子の上に居るのか疑問に思ったが、一番の問題はそこではない。シュルシュルと小さな竜巻が鷹を囲む。
 次の瞬間、それは人になっていた。

「ふいー、やっと休める!」

 よっこらせ、と言いながら鷹だった人は勝手に扇子の上に腰を下ろした。

「……」

 あまりの図々しさに、つららは口から言葉が出せなかった。

「あ、そんなに物の怪珍しいすか?」

 つららより背の高いその物の怪は、つららを見下ろしながらカクンと首を傾けた。

「ち、違う! 実物は初めて見たが……。その図々しさに言葉が出なかっただけだ!!」
「きゃー慌てちゃってー。可愛いすねえ。俺、アンタになら仕えても良いかも!」
「はあ!?」
「いやー、俺、長さまに『いい加減良い年なんだから主に仕えよ』って一族から放り出されちゃいまして。だからね? お願いだから俺の主になって下さいよー」

 その物の怪が言うと、つららは少し考え、口を開いた。

「お前は何が出来る?」
「え?」
「……お前は、もし私が主になったら私のために何かするのか、と聞いている」

 つららのその質問に、物の怪の整った顔がニッと笑った。

「そんなの決まってますよ。危機の時はお守りしますし、暇な時にはお話相手にでも」

 まあ、取り敢えずはずっと傍に居ますよー、と物の怪は付け足した。
 つららは少し笑うと、

「私に仕えるなら、そうだな……。口封じの術をかけるが、良いか?」

 と物の怪に聞いた。

「んー、俺って信用されてないんすね。まあ仕方ないんで諦めて術を受けますけど」
「会ったばかりの物の怪を信じるのは莫迦のする事だろう。しばらく口を閉じておけ」

 そうつららは言うと、物の怪の唇に右手でそっと触れた。次の瞬間、つららの手と物の怪の唇が共鳴するように光り出した。


 * * *


 光が落ち着き、つららの手が物の怪の唇から離れる。

「これで、良い。おい物の怪、そなたの名は何という」
「……コウです。あ、喋れた」
「そうか、私はつららという。その術は秘密を漏らさぬ為に使う。喋れて当たり前だ」

 そうつららが言ったのを聞き、コウと名乗った物の怪はきょとんとした。

「そっかー、だから喋れたのか。じゃあ、もう俺の主はつららですか?」
「そうだ。私じゃ不満か?」

 つららは不適な笑みを浮かべ、コウに問う。

「いえいえー。俺もこんな可愛い主なら大歓迎です!」

 コウはそれにニッコリと笑いながら答えた。
 ──これが、つららとコウの出会いだった。


 * * *


 ある女が言った。

「つらら様かい? つらら様は凄いよ、何せ一人でこの国を守るために国全体に術を施してんだからね!」

 ある男が言った。

「つらら様ほど見目麗しい人は知らんね。その上お国の為に一生懸命働いて下さって……。まだ十七だというのに。ところでおめぇさんは何処の国の出身だい?」

 ある子供が言った。

「つららさまは凄いんだぞ! 毎日空から俺たちの事を見守ってくれてんだ! この間なんか賊の奴等を一人で片付けたらしいんだ! つららさまが居なくなったら俺たちも一緒に居なくなるって決めてんだ。なあ、みんな!」

 ……以上は、行平がつららについて彩崎の住民に聞いた結果である。

(なんだこの女、みんなから好かれてんのかよ)

 行平はそう思うと苛々した。

(俺たち兄弟とは大違いだな)

 自嘲した。

(けどまあ……ここの民には悪いが、あの女には死んでもらわねえとな)

 行平は土を強く踏み、歩き出す。






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