つららは彩崎澄信に仕えている。別にそれは何の苦でもなく、寧ろ澄信に仕えて良かったとさえつららは思っている。
いつも優しくしてくださるし、私を一番頼りにしてくださる。つららはその恩返しに、彩崎藩に悪霊が来ないように結界をはり、澄信の領地を守ってきた。それは、これからも変わらない。
それが出来るのは、漆魔家に伝わる「魔法」と呼ばれる術があったから。

「つらら」

 急に名前を呼ばれて振り向くと、そこには澄信が居た。
 驚いて、ばっと頭を下げる。城の廊下は、いつ見ても綺麗だ。

「面を上げよ」

 そう澄信が言うと、つららは「は」と返事をし、顔を澄信に向けた。その様子を見て、澄信が苦笑する。

「そう堅くするな」
「ですが……」
「俺が良いと言ったら良い。どうだ、これから少し俺と雑談でもしないか」
「私めでその役が務まるのでしたら、喜んで」
「この役は若い頃から俺を知っているつららにしか務まらぬぞ」

 そう澄信は笑いながら言うと、つららに着いて来るように言った。


 * * *


 澄信はつららとひとしきり世間話をし、落ち着いたところで急に真面目な顔をした。

「つらら、暫くは自身にも他人が触れることの出来ぬよう術をかけよ」

 そう言われたつららは、少し顔を顰めた。

「……何故に御座いますか」

 その質問が来ることは予測していたのだろう、少し間を空けて澄信は話し始めた。

「峡の元彬殿がそなたの暗殺計画を立てて居ると、先程忍者が報告してきた」

 そう話す澄信は少し辛そうだ。

「承知、致しました。ですがこのつらら、そう易々と殺められる気など毛頭ありませぬ。私は澄信様をお守りするため、必ずその暗殺計画を失敗に終わらせてみせます」

 その言葉は澄信を安心させた。

「俺は……つららが死んだら、この国は成り立たなくなると思う。だから、絶対に死ぬな」

 つららは静かに、頭を下げた。

(私は、澄信様のため、民のため、何が起きようと生きる覚悟です。
ですから、澄信様も、)

 そして眼を伏せ、──国のため、民のため、生きてください──ただ願う。


 * * *


 時は同じく、彩崎藩より二百里ばかり西の、狭藩。
 そこの藩主の城の、殿の部屋で薄ら笑いを浮かべた男が居た。

「んで? 俺はその女を殺せば良いんだな?」
「そうだ。頼めるか?」
「……報酬は高くつくぜ?」
「やってくれるんだな? 良いだろう、いくらでも出す」

 その男は笑いを、更に一層強める。

「ああ、殺ってやろうじゃん、元彬殿」

 元彬殿、と呼ばれたその男の目の前に居る男がそう言うと、元彬の隣に居た女がしかめていた顔を更にしかめた。

「では、頼んだぞ。石長行平」

 元彬が石長行平と呼んだ目の前に居る男は、フンと鼻で笑うと部屋から出て行った。

「──無礼者!」

 元彬の隣に居た女が行平を追おうと腰を上げた。

「良い、清はそこに居れ」

 元彬はそう言うと、楽しげな、しかし黒い笑みを零した。

「これでもう、彩崎家は我が手の内!」

 それを聞いて、清はまた顔をしかめた。

「……何故、私にあの任務を与えず、どこの馬の骨とも分からぬような者を雇ったのです」
「これも一興よ。あの者が本当にあの女を殺めれると思うか?」
「そ、れは……」
「思わずとも良い。俺とてそう易々とあの女が死ぬとは思ってない」
「では、何故」
「あの女が男と殺り合うておる時は、警備が手薄になると考えておる。その時は清、頼んだぞ」
「……御意」

 清は満足そうに笑うと、シュッと音をたてて消えた。だだっ広い部屋に元彬が一人、残っていた。

「だから、その時までゆっくりと体を休めておれ」

 先程までの笑みはなく、少し悲しそうに呟かれたそれを聞く者は、誰一人として居なかった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -