「それではお前たちはあの勾玉から出てきたというのか?」
「はい、そうなります」
「は、はい!」
澄信はその言葉を聞いてもなお、この状況が信じられないでいた。
物の怪を術具に封印し、それを使うことは禁じられているが不可能ではない。だが封印された物の怪が外に出るなどは聞いたことがない。
その疑問を伝えると、犬耳の少年が遠慮がちに言った。
「あの……それはツグさんの力が本来術具に用いられる物の怪よりもはるかに高位だったのと、つららさん自身が力が強く物の怪の力を必要とせず、逆にツグさんに力を与えていた……ことが原因かと」
「? 術具に使う物の怪に段階とかあんのか?」
史憲の質問に犬耳の少年が答える。
「あ、はい。本来術具に使われる物の怪は人型がとれないほど力が弱い物の怪を使います。いくら力のある人でも上位の物の怪を使うと逆に体を乗っ取られる恐れがありますから」
「体を……乗っ取る……」
つららは先程までツグの治療を受けていた行平に目をやった。今では規則正しい寝息を立ててはいるが、あの時、敵として戦っていた時、一時正常ではない人のようになった。
(もしそれがあの少年のせいだとすれば……油断は、出来ない)
つららは少年の動きを見のがさぬよう扇子を握りしめた。
「つらら様」
「な、なんだ?」
ふいに隣にいたツグが口を開いた。ツグは驚いて振り向くつららに、優雅に微笑んだ。
「あの少年のことなら心配いりません。彼は普通とは違いますから」
「!」
自分の考えていたことを当てられ、つららは一瞬、ひどく驚いた顔をしたがすぐに冷静さを取り戻して、言う。
「……ずいぶんあの少年を庇うな……何か関係あるのか?」
「いいえ、私はただつらら様のお力になりたいだけです」
ツグは続ける。
「私はあの勾玉の中に閉じ込められた時、もう二度と外へは出ていけぬと思いました。あの中は暗く、寂しく……そして、残り少ない力を吸い取られる場所でありました」
「……それは」
辛かっただろう、と言うつららにツグは首を横に振る。
「──あなた様が来てくださったから」
「え?」
「つらら様が私に力を与えてくださったのです」
ツグは笑う。嬉しそうに。
「つらら様はお気づきになりませんでしょうが、その時の私にはそれがどれだけ心強かったか……。それ以来、私はこの身が自由になればつらら様のお力になろうと決心したのです」
「そうか……」
つららはにこやかに笑みを浮かべるツグを見ながら、あることを考えていた。
(澄信様が同盟を組んだ朔月の者がこんなことを……)
つららは今まで澄信のすることに口を出したことはなかった。統治者としての澄信の力量を信頼しているからだ。
だが、今回は。
「澄の……!?」
ぶ様、と続けようとした口が急に動かなくなる。
「つらら?」
違和感に気付いた澄信がつららの名を呼んだ。が、つららは何も答えずその場にしゃがみ込む。
「つらら様!?」
あまりの様子のおかしさにツグがつららの肩を掴んだ。
──その時。
「!?」
「つらら!?」
氷の刃がツグの体を貫いた。
「ツッ……!」
急な攻撃にツグは防ぐことが出来ずに、倒れ込む。
「お、おい! つらら! どーしたんだよ!?」
「つらら殿?」
史憲とタツが声をあげるがつららはその声には答えず扇子を振りかざす。
「!」
その瞬間二人の服に氷の刃が刺さり、壁に固定される。
「つらら!?」
澄信は異常なつららの行動に、声をあげた。だが、つららは手を止めずに澄信へと襲いかかる。
「逃げてください!!」
犬耳の少年が澄信に叫ぶ。が、澄信は動かない。
いや、動けなかった。
──つららの涙を見て。
△ ▽