お前は誰だ?

──つらら様、つらら様

私の名を呼ぶ、その声は、誰のものだ?

──つらら様、目をお覚まし下さい

暗闇の中から聞こえてくるその声は、光のようなものに思えた。

──わたくしが、今までのお礼と、これからのことを兼ねてお守り致します故、

その声は続ける。

──どうぞ、その目をお開き下さいませ

それが、この暗闇の中で聞いた最後の声だった。


 * * *


つららが目を開けると、銀に光る人物が見えた。

「……だれ?」

つららがその人物に問うと、その人物はつららの方を向き、微笑んだ。

銀色の髪を持つ、美しい女性だった。

彼女は再び前へ向く。

そして、つららについ先ほどまで刀を向けていた行平を見やった。

「どうしたのです? あなたの攻撃はこの程度のものですか」

彼女は凛として言い放った。その言葉に行平はギリ……と歯を食いしばった。

彼女は妖気を固めた盾を手にしていた。

それは妖気にも関わらず、行平の刀を一向に通そうとしなかった。

「本当に本気で戦ってます? 手応えがありませぬが」

そう言うと、彼女は不敵に笑う。長い銀色の髪が、夜風に靡いた。

「んだと、!」

再び攻撃を仕掛けようと、行平は刀を盾から離す。そして、大きく刀を振り下ろそうとした。その時。

「この時を、待ちわびておりました」

行平が見たのは、標的が自分の首に手を伸ばしている姿だった。

「──やめっ!」

行平は急いでその手を払いのけようとしたが、間に合わず、その女に勾玉を握られてしまった。


 * * *


「な、なんでだよ」

功風はその光景を見て愕然とした。自分側へと落ちかけている行平の勾玉を握る女が醸し出してある妖気は、つい先日、自分が澄信に渡したあの勾玉の妖気と酷似していた。

──まさか、あの女は自分がかけた封印を自力で解いたのだろうか? そう考え、すぐさま否定した。

莫大な力を手に入れた俺がかけた魔法を、そう易々と解いてもらってたまるものか。そう思えば、最早どうやって解かれたかなど考える余地はなくなってしまった。

今、功風の頭を占めているのは、行平のことではなく、銀色の妖をどうやって再び封印するか、であった。


 * * *


澄信は庭に出て、屋根の上をずっと見つめ続けていた。時折、悲しげに細められるその目に、史憲もタツも気付いていた。

「上に、行かねえの?」

「おそらく、力がない俺が出る幕ではないだろう……」

澄信の整った顔が、苦しそうに歪められた。

「俺に、力があれば……」

つららを守ってやれるのに。その言葉は澄信の口から放たれることはなかった。

(いつも、いつも守ってもらってばかりだ……)

澄信は、屋根の上を見つめたままほうと息を吐く。

タツは、そっと目を閉じた。






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