「行平!」

「……」

鏡から見える異様な雰囲気を纏始めた行平の姿に実平が悲痛な声をあげたのとは裏腹に、忌司はそんな行平に冷たい視線を向けていた。

鏡に映る行平は術の力に呑み込まれ正気を失った──ように見える。

「……」

鏡の光景に意識を向けている実平に気付かれぬよう、忌司はそっと小屋を抜け出した。

「……死誘」

小屋から出た後、忌司は死誘の名を呼んだ。その言葉にこたえるように死誘が姿を現す。

「忌司……」

「見ましたね?」

忌司の言葉に死誘は頷く。そんな死誘に忌司が笑った。

「本当に愚かですねえ。人は、あんなに近くにいるのに行平の体が術具に乗っ取られたなど……見当違いも甚だしい勘違いをしているとは」

「じゃあ……あれはやっぱり」

「ええ、行平の力が暴走しています」

忌司はそう忌々しそうに言い放ち、そしてニコリ、と笑った。

「これで決まりましたね……死誘」

殺すべき相手、が。


 * * *


心の底から笑っているのに涙を流している、という奇妙な状況に気がついたのは、その涙が立っていた屋根に落ちた時だった。

(涙?)

どうしてこんなものが……と思ったとき、その涙の理由を思い出す。ああ、もしかしてこれは──。

「……!! しつこいよ! "お前"はもう死んだの! 死人が出てくんな!」

功風は叫ぶ、誰もいないはずなのに、誰かに怒鳴るように。

「お前が渡した勾玉はもう力を失ったんだよ!! お前の思いよりこっちの方が上だって証明されたんだ!」

功風の脳内に見覚えのない記憶が浮かび上がった。その記憶は、幼いころの行平と実平と、楽しそうに遊んでいる"功風"の姿。──自分は見たことのないもの。

「あああぁあ! うるさいうるさい!」

功風はしばらく狂ったように叫んだ。

そして、しばらくしてゆっくりと息を吐き、笑った。

「ふふふふ……アハハハ! もうしつこいなあ! だったら……」

──トドメをさしてあげるよ。

功風はそう笑って行平のもとへと急いだ。こちら側に堕ちた行平を見せ、"功風"を殺す為に。


 * * *


(……気持ち悪ィ)

行平は自分の中で自分の体の動きをただ、眺めていた。

実平のおこした術(のように思われるが、実平自身がここにいる気配がしないので実際は不明)のおかげで、意識の中まで術に乗っ取られることはなかったが、肉体は完全に自分の支配下から離れてしまっていた。

(実……平)

辛うじて保った意識の中に残っているのは、自分の兄の姿だった。

前に一度、暴走したとき、兄は泣いていた。あの時、自分は敵味方の判断が付かず、何よりも大切な兄までも殺そうとしていた。──それを止めてくれたのは。

(……もう、無理だ)

あの時、自分を止めてくれた存在はもう二度と自分を止めてはくれない。もう二度と──。

「つららー!」

外の声が聞こえる。外の景色は倒れた者の息の根を止めようとしている、見たくもない景色だった。

(ああ──)

だがそれは、昔自分が見たものとそっくりだった。






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