予期せぬ魔法をコウは避けきれなかった。

「──っく」

「コウッ!」

コウの左肩から右胸にかけて大きく赤が広がる。ポタ、ポタ、ポタと血が滴った。

「はあっ、はあっ……」

「コウッ」

つららがコウのところに駆けようと足を踏み出す。が、どこからか先程コウが受けた水の攻撃に邪魔され、コウのところに行くことはかなわなかった。

「つららっ、俺のコトは良いっスから自分の身を!」

再び襲ってきた水の魔法に、コウは口を噤んだ。

「だがしかし!」

「つららは俺の主でしょう!」

コウの言葉に、目に、つららは反論出来なかった。その気持ちだけで嬉しいっスから。そう、言われたような気がした。

──つららは目を見開いた。

(魔力が……大きくなっていく──!?)

つららの視線の先には、先程コウが吹き飛ばした行平がいた。のそり、のそりと立ち上がるその姿は、どこか獣じみたものを感じさせる。

「ハアー……ハアー……」

荒い息遣いがつららの場所まで聞こえてきた。

(──何だ、"アレ"は!?)

彼を取り巻く魔力が、雰囲気が。彼の立ち方が。何より目つきが。先程までの彼とは全く違う。

首もとでギラリと光る術具を見た。

(あれは──!)

コウも気づいたのであろう、息を呑む音が聞こえた。

明るくキラリと輝くのではなく、"ソレ"は暗く、鈍く、そして輝くことに対して貪欲なように見える光り方をしていた。

つららが父から聞いた、術具を作ってはならない最大の理由。父の言葉が何度もつららの脳内で再生される。

"術具を使い込み、そして命の危機が迫った時──"

その刹那、彼の目が、鼻が、口が、そして炎が、つららの目の前にあった。

「いつまでもジロジロと人のこと見てんじゃねえよ」

そう声が聞こえた時には、もう何もかもが遅かった。

コウが漸く見ることが出来たのは、つららの体を貫いた炎の塊の軌跡と、倒れかけたつららの体、そして離れていく行平だった。

"──術具に封印されし物の怪はその体を支配するのだ"


 * * *


功風は、その力を感じ、笑っていた。

涙を流しながら、笑っていた。

だが功風は自分が何の為に泣いているのかわからなかった。

そもそも涙を流していたことにさえ気付いていなかった。


 * * *


コウは時がとまりかけているのではないのだろうかと思った。つららの体が倒れるのがあまりにもゆっくりすぎる。

「つらら!」

自分が発した声さえもいつもよりゆっくりと感じられた。

何故自分は動けない──?

何故自分はつららを守れない──?

何故自分はあの光に怯えている──?

何故自分は、何故、なぜ。

総てが遅いから、コウは行平の速さがわからなかった。

ぐさり、とコウは腹部に違和感を覚えた。

「──っ!!」

痛みが、突如としてコウを襲う。ピチャ、と音をたてながら腹に刺された刀が引き抜かれた。そこからドクドクと流れ出る血を見ながら、コウは血を吐き出す。

(──つら、ら)

コウの目の前が、真っ暗になった。






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