「行平!」

実平は悪夢を見ているような気持ちだった。どうして弟がこんな目にあわなければならないのか。

「どうして……何で……」

行平、弟は女の家に出掛けたのではなかったのか、何故、今こんな事態に陥っているのか。

まさか、という考えが頭に浮かぶ。まさか、そんなことがあってはならないのに。

「行平さんは──」

不意に忌司が口を開いた。その言葉に驚いて実平が振り向くと、忌司は重々しく言った。

「実平さんのためにご自分の能力を使って暗殺業をなさっていたのです」

「──!!」

実平はその言葉に自分の"最悪の予想"があたっていたことに、目の前が真っ暗になった。どうして、自分はまた弟の枷にならなければならないのか。

「実平さん、後悔している暇はありませんよ。行平さんは今までずっと戦ってきたため疲れきってます。それに対して女性──つららというのですが、彼女はなかなかの魔法使いです。今の行平さんでは負けてしまうでしょう」

「そんな!!」

「だから、あなたの力が必要なのです」

忌司が実平の顔を見る。

「この鏡は基本的に見ることしか出来ませんが、魔法であれば向こう側に通すことが出来ます。実平さん、あなたの力で行平さんを守るのです」

「──!! だ、だが私の力では……」

「大丈夫です」

忌司がにっこりと微笑んだ。

「あなたの力なら、十分ですよ。実平さん、ご自分の力に自信を持ってください」

忌司の言葉に、実平は少し迷ったあと、コクリと首を縦に振った。

鏡を持った忌司に実平は意識を向ける。ただでさえ弱い力だ、十分に気をつけなくてはならない。

「実平さん、準備はいいですか?」

忌司が声をかける。

実平はその言葉に頷いて魔法を発動させた。


 * * *


(……クソッ、あの物の怪!)

行平は痛む体を抑えながら先程自分を吹き飛ばしたコウを睨みつけた。

(……あの二人、厄介だな)

お互いにお互いを助け合っている。一人だけであればもうすでに戦いは終わっていたハズなのに。

(先に、あの物の怪を倒すか)

行平は火の玉を自分の手の中で作り出す。二人を見た時に感じた心の痛みには気付かないフリをして。

「コウ! 来たぞ」

行平の火の玉を見たつららが声をあげる。その言葉にコウは笑って羽を広げた。

「だから、大丈夫ですって!!」

コウが強い風をおこし、火の玉を霧散させた。

「──ッ!! クソッ」

その様子に行平は強めた炎を何発もコウに向けるがそれらすべてコウの手によって霧散させられ、逆にコウが放った風が行平の肩を切った。

「ツッ!」

「……つららに怪我させた罰っスよ」

冷めた目で、コウが行平を見る。

「ざけんな!! テ──!!」

すべてを言い終わる前に行平は横腹に痛みを感じて、フラついた。それと同時に頭痛も感じ、意識が浮遊する。

(まずい──!!)

この感覚には覚えがある。

自分が自分でなくなる感覚。

(ダメだ……もう二度……と……あん……な)

行平は意識を飛ばさぬよう必死に抵抗するが、意識はどんどん薄れていく。

その時コウが風をおこした。それは行平の意識を飛ばすには十分すぎて。

(あ……)

自分自身の体を守ろうと望みもしない力が自分の中から溢れ出していくのを感じた。

もはや自分の体は自分の支配下にない。自分の内から溢れる"力"のものだった。何も考えられなくなって目を瞑ると、殺したハズの功風が笑っていた。

(テメェは嬉しいんだろうな)

"昔"の功風ならともかく、今の功風が愛しているのは"力"なのだから。自分を失ってしまっていても力が強い方が良い。だが、もうそんな功風に悪態をつく気も起きなかった。

口を動かすことすら億劫になっていた。行平は目を瞑る。

もう眠ってしまおう。目を覚ました時、何が起こっていたってどうでもいい。実平はこの女の存在を知らないから、死んでも泣かないだろう。

だが、行平が眠ることはなかった。

完全に意識を失う前に覚えのある術の気と水音を感じたからだった。






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