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怖い怖い怖い怖い。
実平は震える体を抑えながら、玄関の前に立って行平の帰りを待っていた。こんな事をしても、行平が帰ってくるのは気紛れなのだ。
今日帰って来る保証はないので下手すれば夜通し待ち続けるハメになるし、行平もそこまでして自分が待っていれば、己の事を棚に上げて怒り出す。
けれども、実平を襲っている恐怖は行平が無事に帰って来なければ、解き放たれる事はない。
(行平……)
自分の片割れは今、何をしているのだろうか。またどこかの女のところにいるのだろうか。
だがしかし、そうならば自分の身にここまで恐怖が襲うとは思えない。
(行平……!!)
怖い怖い怖い怖い。
これ以上大切な片割れが自分のために総てを捨てる事があってはならないのに。
「大丈夫ですか」
不意に声が聞こえた。行平の声ではない。
「誰だ!」
実平はそばに置いてあった刀に手をかけ、声のする方へと視線を向けた。そしてそこに居た人物を目に入れ、実平は目を見開いた。
「はじめまして実平さん」
──僧衣を着た子供がいた。
* * *
子供は忌司、と名乗った。
「弟さんのご様子、知りたくはありませんか?」
「は?」
「いやだなあ、行平さんのご様子ですよ」
忌司はニコニコと笑った。
実平はその言葉を聞いて瞬時に朔月の文字が頭に浮かび、刀を抜こうとした。
「──違いますよ」
酷く冷たい声が忌司から発せられたと思ったら、実平の手から刀が消えていた。
「!!」
「安心してください。私はあの汚い朔月の手の者ではありません」
刀は忌司の手にあった。
「私は"あなた"の味方です」
忌司はそう言って小さく『遠写』と呟いて懐から鏡を取り出した。
「この鏡にあなたの弟さんが映りますよ」
忌司はそう言って鏡を手渡した。相手への警戒をはらいながら、実平はその鏡を見た。──が、その鏡を見た瞬間、実平はそんな事をしている余裕が消えた。
「行平!」
一人の女と戦っている、自分の弟が映っていた。
* * *
「……なるほどな」
行平は目の前で扇を構えているつららを見て、小さく笑った。
「この悪趣味な術はテメェの仕業か」
「……悪趣味、とはずいぶんな挨拶だな。それにまんまと誘導された人間が。この術は父上の得意技でな。よく出来ておるだろう」
つららはそう言うと先程までしていた術を解いた。そのつららの隣にいたコウは、人間化を半分だけといて、羽を構えた。
「いい加減終わりにしたいんでな。こちらとしても」
「ああ俺もだ。だからここは見逃してくんねーかな? 俺も時間がおしてんでな」
自分を見張っていた功風はもう殺した。だからもうこれ以上自分の居場所が朔月にバレる事はないが澄信たちの話を聞いた限り、功風は度々上と連絡をとっていたのは間違いがない。
ということはここで更なる安心のためにつららを殺している時間はない。行平にとってつららも自分の興味の対象から離れているのだ、だからこれ以上時間をとりたくはない。
「もう、お前を狙わないって約束するからさ」
「……私がそんな口約束を信用するとでも思うのか?」
「……だよなあ」
こんな言葉を信用するのは単なるバカだ。目の前の女も、そこまでバカではないだろう。ならば、打つ手は一つ。
「……逃げれるように力、残しておきたかったんだけどよ」
「……逃げられるとでも?」
つららが睨みつけた。
「ああ」
行平は笑った。
「──!」
「な、なんスかこれ!」
つららとコウの視界が一瞬にして黒に染まった。
「コウ! 狼狽えるな! これはあの男の術だ!」
「んな事言われても!」
つららはこの術を解こうとしたが、何故か術を解く事が出来ない。
「何故……!」
『ムリだ』
「!!」
暗闇の中から声が聞こえた。つららは声のする方へ振り向くが目の前が真っ暗で何も見えない。
『お前くらいの術使いにこの術は見破れない』
「何だと……」
『テメェみたいにみんなと仲良しこよししているクズに俺が倒せるわけねえだろうが!』
その言葉とともに、真っ赤な炎がつららとコウを包み込んだ。
△ ▽