澄信に呼ばれ、つららとコウは彼の部屋へ向かっていた。

「用事って何スかねえ」
「……厄介事でないことを祈ろう」
「厄介事でも楽しい事なら大歓迎! スよ」
「それはコウだけだ」

 澄信の部屋の前につらら達は着いた。つららは膝をつき、低い姿勢になってから障子ごしに澄信へ話しかける。

「澄信様、只今参りました、つららでございます」
「入れ」

 そっとつららが障子を開けると、其処にはつららがあまり会いたくない人物がいた。

「よっ! つららちゃん! ……と、男の人」
「……史憲公」

 つららは史憲を少し憎むようにして言った。睨まれている本人は、冷淡な顔つきに似合わずニコニコと笑っている。
 彼が動くのに合わせて灰色の髪がゆらゆらと揺れていた。

「なんだよツレねえなあ。美人なんだからよ、もう少し可愛く『史憲様あ、私、とてもお会いしたくて死にそうでしたあ』くらい言ってみろって」
「生憎ですが、私にはそのような能力は備わって居りませぬもので」

 史憲がつららの声色を真似て言えば、つららはそれを笑顔で返した。
 真っ黒な笑みだ、とコウは思った。

「お? そこの男がつららの旦那だからか? つーかいつの間に結婚してんだよ! 俺という存在がありながら」

 こいつは何を言っているのか、とコウは思った。

「残念スけど、俺つららの旦那じゃあないっスよー」
「何!? そうか、それなら安心だ。してつらら、婚儀の日取りはどうする?」

 よく喋る男だ、とコウは思った。

「ふ、史憲殿」
「澄信は黙ってな!」
「澄信様に無礼を働くような者とは結婚などしたくありませぬ」

 おほほと扇子で口元を隠しながらつららは言った。
 コウは、その扇子が攻撃用の扇子である事を知っていたが、敢えて何も言わなかった。

「フ……そうか、それ程までに澄信が好きか……」

 史憲が切なそうに笑い、つららの頬が少し赤くなった。

「そ、そういう訳では」
「だが!」

 キラーン、と史憲の目が光る。

「"もし"そうだとしても俺の手で奪い取れば良いだけのこと! さあつらら、俺の胸に飛び込んでおいで!」

 史憲がにこやかに両腕を広げた。

「遠慮させていただきます」

 それに、つららも笑顔で答える。

「……こんな事で諦める俺様ではなあーいのだ!」

 がばちょ!と史憲がつららに抱きつこうとした、その時。

「ふ・み・の・り・さまあ〜?」

 つららのと史憲の間に一人の男が立ちはだかった。

「あ、タツ殿」

 つららにタツ、と呼ばれた男は、つららの方を見て少し赤面した。

「あ、ども……。史憲様、全くあなた様というかたは! 約束をお忘れになられたので御座いますか!」

 タツはわなわなと肩を震わせ、怒りを露わにしていた。

「はあ? 約束? そんなもんした覚えねーよ」

 タツの言葉に史憲がしらばっくれた。

「あなた様が覚えていらしてなくても、このタツは覚えでおりまする! 何故、人様の部屋でお騒ぎになられるのです! このような事をなさるのなら二度と部屋からお出しすることは出来ませぬ!」

 タツの黒髪が、タツが言葉を発するのに合わせて揺れていた。

「えーそれは困るなあ」
「ならば!」
「はいはい、分かったよ、だからそんな怒んなって」

 史憲はタツの頭をポンポンと叩きながら言った。
 もう、史憲様は……とタツはぶつぶつ呟いていた。

 澄信は終始白けた目をしていたという。






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