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「そんなバカな話があるか!」
元彬は信じられない話に大声をあげた。
「忌司! からかうのもいい加減にしろ! 俺だってバカではない、あの男のことはこっちも忍をむけて調べてあるわ! あの男については親から何まで調べたが朔月との関わりなどなかった!」
「そこから、もう術中にはまっているんですよ」
忌司はゆっくりと息を吐いた。
「行平は当代一の術使いとして有名です。調べに来た忍に嘘の自分を見せることくらい、造作もないことです。……まああの子もあなたが自分に依頼してくるとは思っていなかったでしょうから最初から……」
「ありえん!!」
バン、と床を叩きつけた元彬は声を荒げた。
「第一そこには清も居たのだぞ!? 清は魔術に長けとる!!」
「──それが朔月家の力です」
忌司は静かに言った。
「朔月の力、特に魔術に関する力はそれだけ桁違いだということです。清さんだって優れた魔法使いですよ、けれども、それでも太刀打ち出来ないほどの……ね」
「……まさか……ありえん……」
元彬の言葉が徐々に小さくなる。そんな元彬を見て、忌司は元気付けるように笑った。
「そこまで心配する必要はありませんよ、彬坊。あなたはここで大人しくしていれば良いんです。あいつらの狙いはあなたの国ではないですから、彩崎藩に手を出さなければ、何も起こりませんよ」
「しかし!」
「……安心しなさい彬坊」
ニコリ、と忌司は微笑んだ。
「あなたは、私が守りますよ」
* * *
元彬の部屋から姿を消した忌司は、ホッと安堵の息を漏らした。そんな忌司に一人の女が言う。
「良かったわね、忌司。元彬を殺さなくてすんで」
「うん……良かったよ、死誘(しゆう)」
死誘と呼ばれた女は長い黒髪を払いのけて、自分の主の笑みに、微笑み返した。
「何言ってんのぉー!? 最初から殺すつもりなんかなかったくせにぃ!」
「治復、帰っていたのですか」
そんな二人の前に五、六歳くらいの治復と呼ばれた幼子がニヤリと笑った。
「もちろん! 私にかかれば清ちゃんくらいの怪我、ちょちょいのちょいで治せるのよ」
「それは頼もしいですね」
自慢気にいう治復を忌司は抱き上げて頭を撫でた。その瞬間、治復の姿は消えた。
「もう戻すの?」
「ええ……いくら治復でもあれだけの怪我を治すのは疲れたようだったからね……死誘」
「ん?」
「あの子は、大きくなっていたね」
初めて会ったときは、本当に小さな子供だった。触ることも躊躇われてしまうような、弱い子供。
あの時と今は全く違う、けれど本質的な部分では変わる事のなかった子。──だからこそ、自分は殺さなくてすんだのだ。
「……治復の言うことも半分当たってはいるんだけどね」
もし、元彬が行平の正体を知っていて敢えて依頼しているのであれば忌司は元彬をつれて逃げるつもりだった。もしその状況になっていれば元彬はどうしようもない状況に追い込まれているはずだからだ。
けれども元彬がその状況を"好機"ととらえているのならば、忌司は元彬を殺すつもりだった。その考えに至ってしまっていたならば、元彬はもはや忌司が知っている『あの子』ではない。全力をかけて忌司を殺そうとしてくる人形となってしまえば元彬を人間に戻すには『死』しかなかった。
「でも、それをすることにならなくて本当に良かった」
その言葉を吐いた後、忌司は小さく微笑んだ。
人間の中で唯一守りたいと思ったあの子の思いを傷つけたくなくて、また自分も傷つきたくなくてあの子をそのままあの子の住むべき場所においてきたのだ。
それを後悔したくなかった。血の中に佇むあの子を、絶対に見たくなかった。
だから、あの子が何も知らないと言ったとき、心の底から安堵したのだ。──例えそれが何よりも難しい道だと分かっていても。
「さて……彬坊は清さんに任せて、私達は行こうか」
「そうね」
忌司は死誘の方をみてにっこりと微笑み、今、城の中で呆然としているだろうあの子に誓う。
(絶対に守るから……そのために)
忌司は静かに息を吐き、自分の望みを達成するために必要な『死』を与える相手の下へと足を進めた。
△ ▽