何故だろう、今日は朝から城内がやけに忙しない。

澄信様に何かあるのかと尋ねたところ、
「最近やけに暑いからな、皆体力が落ちぬよう頑張って居るのだろう」
というなんとも曖昧な返事をしてくださった。

私の隣にいるコウとツグは別段気にしていないように見える。

仕方ないな、と思い溜め息をつく。ちょうど私の部屋の前を通った女中の娘に何があるのか訊こうと思い、声をかけた。

「今日は、何かあるのか?」

「つ、つらら様おはようございます。今日は、特に何もございません。どうかなさいましたか?」

娘は若干狼狽えたように見えた。

「今日は朝から忙しないと思ってな。いつもはもっと、のんびりとしているだろう?」

「最近暑くなってまいりましたので、皆で体力が落ちぬよう努力するよう話し合って決めたのです」

澄信様と全く同じ意見だった。領主である澄信様に話しても決しておかしな事ではないが、それなら澄信様はあらかじめ私に知らせて下さるだろう。……多分。

「つららあ、どうしちゃったんスかあ? もう見回りの時間っスよー」

コウに話しかけられ、慌てて振り返る。そこには、コウと、私の大扇子を持ったツグが居た。

「……何故コウが扇子を持たない」

「だってツグの方が力あるんスもーん」

そういうことを言ってのけるコウに軽く溜め息をつきながら、ツグを見た。

ツグは至って普通そうに、大扇子を大事そうに持っていた。

「ありがとう、ツグ。……コウは、異国のれでぃーふぁーすとという言葉を知らんのか」

「れでえふあすと?」

「……知らぬなら良い」

扇子を空に浮かべ、私はその上に乗る。それはいつもと変わらない行動であるはずなのに、太陽がいつもより幾分か眩しく見えた。



 * * *



「あ、つららお帰りー!」

「……なぜ史憲公がこちらにいらっしゃるのです」

見回りから戻った私を城の庭で出迎えたのは、隣の藩主の史憲公だった。そのことに若干気分が沈みながら、史憲公に訊ねた。

「そんなあからさまに嫌そうな顔すんなよ、俺傷ついちゃうよ!? ……すみません澄信に呼ばれたんです」

史憲公の言葉にぶすぅ、と膨れてみせれば史憲公は素直に謝ってきた(コウが「史憲さんの扱い上手くなったっスねえ」と小声でツグに話していたのは私には聞こえなかったことにしておく)。

「でもさあ、行平とか元彬も来てるみたいだぞ? これはマジでつららを男共の手から守らねばならんな! だから、さあ、俺の胸に飛び込んでおいで!」

笑顔でそう訳の分からない、日本語にもあまりなっていない事を言ってのけた史憲公の頭の具合を本気で心配しそうになったのは秘密だ。

「史憲様、つらら様、澄信様がお呼びです。すぐに大広間へいらして下さいませ」

女中のその言葉で、史憲公の顔を見たが、彼はニコリと笑うだけであった。



 * * *



澄信様にお目見えする為に何故か大広間へ通され(いつもは澄信様の自室なのだ)、澄信様の前に座る。いつものように見回りの報告をすれば、澄信様はそうか、と頷いた。

私と一緒に部屋へ通された史憲公は、もとから座っていた行平と元彬公の隣に座った。コウとツグは、私の後ろに座る。

やたら大きな部屋に、ぽつねんと固まって座らされたことに疑問を抱きながら、しかし澄信様のお考えがあるのだろうと、澄信様の言葉を待つ。

澄信様が右手を挙げた。それと同時に締め切られていた襖が一斉に開き、女中が膳を持って入ってきた。

「澄信様、これは一体……?」

澄信様はニヤリと笑う。

「今日は、つららの誕生日だろう。城の者皆で祝おうと思うてな!」

いつになく楽しそうな澄信様に、ただ唖然とするしか出来なかった。

「つららは誕生日会をすると言えば怒るであろう。すまぬな、今日は内密に進めさせてもらったぞ。是非は言わさぬ」

急いでコウとツグを振り返ると、明後日の方向を見つめたコウと、申し訳なさそうに俯いたツグが視界に入った。怒る気力もなくなり、ほっと溜め息をつく。

「澄信様、ありがとうございます。……ですが私は澄信様の一家臣である故、このように盛大な宴を用意していただくわけには……」

「うるせえな。澄信がお前の為に用意したんだから素直に受け取っとけっつの」

私の言葉に澄信様ではなく行平が言葉を返してきた。

「誕生日を祝って、そして俺と結婚式もついでにどうですか」

「ますます困ります。澄信様、私の誕生日なんか良いですので」

私の言葉に、澄信様は眉をしかめた。

「今日、つららの誕生日会を行うと言えば、皆一生懸命支度をしてくれたのだ……。その努力を今更無駄には出来まい、なあ、つらら」

「う……」

「良いじゃないスか、祝ってもらうくらい」

コウがそう言い、結局誕生日を祝ってもらうこととなってしまった。



空に、架け橋



初めて祝っていただいた誕生日は、それは楽しく、記憶に残るものとなった。

皆と過ごした時が、場所が、愛おしく感じられる。



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