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つららは勾玉を呆然と眺めていた。
不思議で艶めかしく輝くそれは、コウを不安にさせた。つららがその勾玉を壊しやしないかと、潰しやしないか、と……。
「コウ、これはいったい何だ?」
「うーん、何でしょうねえ」
コウは本当はそれが何なのか知っていた。
「ちょっと、かして下さい」
つららから勾玉を借りると、コウは掌におく。勾玉は月明かりに照らされ、鈍く輝いた。
「綺麗、すね……」
「ああ……」
二人して茫然とそれを眺めた。
(綺麗で当たり前だ……。"これ"は"あれ"なのだから)
コウはそっと目を閉じた。
* * *
行平は向かっていた。ただ、林の中を走り続ける。
「はあっ……はあっ……」
聞こえてくるのは自分の呼吸音と足音だけだった。
不気味だった。
月は出ているのに、雲一つないのに、暗かった。フクロウどころか、鳥の鳴き声一つ聞こえてこない。
生があるのは自分だけなのではないだろうか、と錯覚してしまいそうな程静かだった。
「……はあっ……はあっ」
それでも行平は走り続ける。目的の場所まであと僅かだ。
林の木々の上に、目的地は見えている。走りながらカチリ、刀を構えた。
「あれ? 行平様じゃないですか」
耳元で人の声がしたので行平は振り返り、その足を止める。
「功、風……」
目の前には満面の笑みを顔にはりつけた功風がいた。
* * *
「あー……眠れん……」
実平は簡素な布団からむくり、と体を起こした。布団に暖められていた背中が冷え、ゾクリとした。
「さむ……」
もう一度寝ることを試みようと布団の中にもぐる。だが寝ようとすればするほど逆に目が醒めてしまい、一度外の空気を吸うことにした。
もぞもぞと布団から出ると、冷えた空気が体の熱を奪っていく。
ガタンと扉を開けると、目の前にはいつもより存在を主張した月があった。
それを見て、淋しい夜だ、と思った。鳥の鳴く声が聞こえない。風が木の葉を揺らす音も聞こえない。無音の夜だった。
背中に先程とは違う悪寒が走り、実平は扉を閉めた。
不吉な、予感がした。暑くもないのに汗が流れる。
急いで布団を被ると、ギュッと目を瞑った。
(行平……行平……!)
どこかで必ず存在していてくれ、と願うことしか実平には出来なかった。
* * *
澄信はどこか嬉々とした気分で自室にいた。
まさか、普段から一人で過ごすことの多いつららが誰かと一日の大半を過ごすことになるとは。物の怪だろうが関係ない。
あんなに楽しそうなつららを見たのは初めてかもしれない。つららにあんな顔をさせることが出来るなら、ずっとずっとそばにいてやって欲しい。
ふと、机に目を向けると、同盟の申し込みの手紙があった。気が重たくなる。
(やっかいな国と結んでしまったな……)
はあ、と溜め息をつく。
(史憲殿は、いかがお過ごしだろうか……)
最近会っていない好敵手を思いながら、澄信は再び溜め息をついた。
* * *
彼はニヤリと笑った。
(誰も見てないよな?)
後ろを振り返り、城から誰も追いかけてこないのを確認する。
(うし、行くぞっ!)
彼は馬の手綱を握り、駆け出した。
「殿、どちらへ行かれまする」
シュタ、と彼が乗っていた馬の目の前に一人の男が木から降り立つ。
「おう、タツじゃねえか!」
殿、と呼ばれた彼は焦る様子もなく、呑気に話しかけた。
「おう、ではありませぬ! あなた様のおかげで俺の仕事は増えるばかり……!」
「そうか、忍も大変だなあ」
「殿のせいですよ!」
「まあ良い、今から少しばかり澄信んとこ行ってくる、護衛はお前にまかせた!」
「え? あ、ちょっ」
彼はまた馬を走らせ始めた。
それをタツ、と呼ばれた忍の男は渋々ついていく。
「……たく、いつも史憲様は……」
タツは彼に聞こえないよう愚痴る。
「あん? なんか言ったか?」
「いーえ、なにも言ってないですよ」
どうやら彼は地獄耳らしい。
(まあ、殿らしいっちゃ殿らしい、か……)
タツは今度こそ聞こえないよう、心の中で愚痴った。
△ ▽