自室に戻った元彬は小さく息を吐いて、いつもの自身の場所へ座り込む。
 座り込んだ後に、自分の手を開いてみると汗をかいていた。それな気がついて、元彬は舌打ちした。

「何をしている俺は……」

 今までうまく制御出来ていた感情が、今は全く制御出来ない。それではいけないのに、今の自分ではどうする事も出来ない。

「清のやつめ……」
「ご自分の鍛錬不足を臣下、それも女性のせいにするのは、あまり良い事とは思えませんね」

 ふいに聞こえた声はここに居るはずのない人物のものであったため一瞬、元彬は酷く驚いたが、その後すぐ"そういえばこういう男だった"ということを思い出し、ゆっくりと振り向いた。

「ふん……貴様にだけは説教をくらいたくないわ……忌司」
「相変わらず口だけは達者ですね……彬坊」

 忌司、と呼ばれた男はそう返事をすると、ルラリ、と景色が歪んだ。
 そのとたん、一人の少年が姿を現した。

「お久しぶりです、彬坊。元気にしていましたか?」
「……何度も言うが忌司、お前はその姿で俺の事を彬坊と言うのはやめろ。気味が悪い」

 元彬のその言葉に、忌司はムッとした表情を浮かべた。

「気味が悪いとは失礼な。私はあなたよりずっと年上なんですよ? これくらい良いじゃないですか」
「……悪いが二十年間全く同じ姿をしているとはいえ、貴様の見かけはどれだけ上に見ても十四の子供なのだ。そんな姿の奴に"坊"つきで呼ばれたくないわ」

 そう言った元彬に、忌司は呆れたように笑う。

「見かけで判断する事は危険だと何度も言っているでしょう? どうして分かろうとしないんですかねえ……」
「……それは関係ないだろう。……まあ、そんな事はどうでも良い。──何しに来た」
「おやヒドイ。何か用がなかったら来てはいけないんですか?」
「ふん、よく言うな。何も用がないのに貴様が俺をたずねて来た事が一度でもあったか?」

 忌司という目の前の男は見かけは無邪気な幼子だが、その内面は千年もの時を生きている古狸ようなずる賢さを持っている。
 そんな男が何の用もなく現れるとは思えない。

「……ないですねえ……」

 しばらく黙っていた忌司はそう言って小さく舌打ちし、口を開いた。

「彬坊、彩崎藩から手を引きなさい」

 淡々と語られた言葉に元彬は一瞬言葉を失った。

「どういう……ことだ?」

 やっと出た言葉は小さく震えていた。元彬の脳内に嫌な想像が浮かび上がる。

「……彩崎の手の者にでもなったか?」

 忌司の顔を見ることが出来ない。もし自分の考えが当たっていれば今自分は敵の者と向かい合っていることになる。
 自分が子供の時からの付き合いだ。この男の強さはよく知っている。今自分の国にこの男に抗える奴はいない。
 だが元彬はそれとは別な、もう一つ──裏切られた、という感情がうっすらと芽生えたことに気がついて、すぐ掻き消した。裏切るもなにも、この男が自分の味方であったことは一度もない。

「……違いますよ」

 少し、苦笑の混じった声で、忌司は元彬の問いに答えた。幼い頃自分に向けていた笑みを向けた忌司は一枚の紙を取り出す。

「これは……?」

 その紙を受け取った元彬はその文面を見て顔色をかえた。

「どういうことだ!」

 文面に書かれていた内容は大国である朔月藩が自分が攻めるつもりであった彩崎藩と同盟を結んだというものだった。今まで想像もつかなかった最悪の事態に元彬は大声をあげて忌司を見る。

「多分……彩崎藩の方は乗り気でない同盟でしょうね。彩崎藩の藩主は力を求めるような人ではありませんし」

 一方忌司は落ち着いた声で元彬の言葉に答えた。しかし元彬はそんな忌司の言葉に声をあら立たせた。

「そんなことはどうでも良い! 問題はこの二藩が手を組んだことだ! もしこな二藩が我が国に攻めるようなことがあれば我が国は終わりだ! 何故だ……どうしてこうなった!」
「──覚えがありませんか?」

 冷めた声が元彬に向けられ、そのあまりにも冷たい声に元彬は一瞬息を呑んだ。

「覚……えだと……」
「はい」
「……俺が、彩崎藩を攻めようとしたから……か?」

 元彬は思い当たることをゆっくりと呟いた。
 しかし、忌司は首を横に振る。

「いいえ……朔月藩との関わりです」
「朔月の方だと!? いきなり何を言い出す! そんな奴らと関わりなどない!」

 元彬のその言葉に、忌司は驚いたように目を見開いた。

「……本当に……気付いてなかったんですか? これも、あれも全ては偶然だと……?」
「一体なんの話だ! 気付いているとかいないとか! そんなことより俺は──」

 元彬の言葉に忌司は先程まての冷たい声とは違う、いつも通りの声で小さく笑い、「良かった」と言った。

「は……? 何が良かっただと……!」
「彬坊、朔月藩について、どのくらい知っていますか?」

 意図が掴めない忌司の言葉に、元彬は眉間に皺をよせた。この男の性格から自分が答えないと話が進まないと悟っている元彬はしぶしぶ答える。

「ここ一帯を支配する大国で、主に軍備を中心とした国内制度故、鉄砲隊や何百もの魔法使いを従えた軍隊を保有しており、代々その家の当主になるものは魔法の力を持っている。また現当主の秋信には二人の子供がおり……」
「現当主は秋信ではありませんよ」

 唐突に忌司が言葉を遮った。その遮る時に出た言葉に元彬が驚いた顔で忌司を見た。

「秋信は十年以上前に死んでいます」
「は……?」
「そして、二人の子供もその頃から今までずっと行方不明でした」
「何を言って……?」

 呆然とする元彬に忌司は続ける。

「ですが、今になってその子供たちが見つかってしまったのです。──それが彩崎藩と朔月藩が同盟を結んだ理由でしょう」
「待て! 二人の子供が見つかったなら何で同盟を組むことになるんだ? 意味が──」
「朔月藩は新たな当主として二人の子供のうち一人を欲しがっているのですよ」

 忌司は元彬を見る。

「時に彬坊、あなたは最近魔法使いに会いませんでしたか?」
「魔法使い? それだからなんだっ……て?」

 元彬が目を見開いた。それを見て、忌司は「そうです」と言い、

「石長行平……彼こそが朔月藩の二人の双子の子供の弟であり、跡取り息子である……朔月行平なんです」

 吐き捨てるように、そう続けた。






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