不安定の要因
目が覚めると、人ごみの中だった。どこかなんてわからない。何故ここにいるのかもわからない。今自分にわかるのは自分の名前だけだった。
私の周りを沢山の人が通り抜けた。私は立ちすくんでいるのに、誰も見向きしなかった。邪魔だという視線すら寄こさなかった。まるで、何も見えていないようだった。
おかしいと思った。普通人が沢山行き交う中で障害になるものがあれば嫌な気分になるのではないだろうか。
1人の男が、私に向かって歩いてきた。その進む足は狂うことなく私に向かって来る。
ぶつかる、と思った。だが彼はそのまま私を通り抜けて行った。──避けることなく、私の中を通り抜けて行ったのだ。
あれ、と思った。普通は通り抜けれるものだったっけ。こう、私の体がないようにスッと行けるものだったっけ。
頭の中が混乱する。わからなくなった。普通は邪魔者みたいな目は向けないんだっけ。普通は通り抜けれるものなんだっけ。普通は体なんてないものなんだっけ。……そもそも普通ってなんだっけ?
「ああぁあああ!」
何もかもわからなくて、叫んでしまう。頭がガンガンする。痛い。
それでも、私に目を向ける人はいなかった。声が聞こえないのだろうか。大きさが足りないのだろうか。それともみんな耳が遠いのだろうか?
「ああぁあああ!」
ますますわからなくなって再び叫んでしまった。考えれば考えるほど頭痛が酷くなる。
気付けば、私は宙に浮いていた。
「え? え?」
何で、浮いてるの。普通は浮くものだったっけ。じゃあなんでみんなは浮かばないの?
疑問ばかりが溢れ出す。視界がぐにゃぐにゃと揺れた。
寂しかった。誰も私に気をとめないことが。誰も私に気付かないことが。誰もが私の存在を無視することが。何もかも。
……まるで私の存在が、ない、と言われているようだった。
パタリと、私の目の前で少年が立ち止まった。
目が、合った。
不安定の要因
続き
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