理由


 俺に背負うようにして担がれた猫は、ひゅうひゅうと寝息を立てていた。真っ白な毛にところどころ黒のブチがある、いつもなら可愛くて仕方のない猫だったが、今ばかりは少々憎たらしく思えた。
 俺は今、長い坂を上っている。旅の荷物を背負い、その上に猫を背負っていた。旅の荷物はもともとそんなになかったが、猫は重たい。
 俺たちは旅をしている。理由はまあ良いとして、取り敢えずは充実したものだった。終わりなどない旅だったが、逆に自分のペースに合わせて旅をすることが出来るので、大した苦にはならない。

「ふにゃー」
「あ、起きたか?」

 俺の背中で大きく伸びをした猫に尋ねる。すると猫は、にゃあと鳴いた。まだまだ眠たそうな声色ではある。

「じゃあ降りて一緒に歩こう。お前は重たいから」

 猫はスルリと俺の肩から降りた。しかしどこか不機嫌そうに見える。

「次の町まであともうちょっとだから、頑張って歩こう」

 猫はチラリと俺を見た。その目は、あと少しなら肩に乗せとけよ、とでも言っているように見えた。



 町の入り口が見えてきた。立派なゲートに、Welcome! とだけ書いてある。かえってそれが町のイメージをアップさせていた。
 中に入ると、まず市場があった。人の出入りはそこそこ、廃れてなければ栄えているわけでもない、といった感じだ。
 店棚に並べられた野菜や魚を見ても、これといって珍しいものはなく、この町も通過するだけでお別れだろうな、と思う。今までにも通過するだけの町はいくらでもあった。

「にゃー!」

 突然猫が大きな声で鳴きだした。猫は店と店の間にある細い路地を睨みつけていた。どうした、と声をかける間もなく猫はそちらへ走り出す。

「あ、おい!」

 俺は仕方なく、追いかけることにした。



 あの猫は、普段は優雅に見せて歩いているが、いったん走り出すととても早い。しかも止まらない。
 何かを追いかけているようだった。俺には何を追いかけているのか見えないが、大方ネズミとかだろう。
 ふと、追いかけるのをやめようかと思った。だが、幼い日の記憶が蘇り、気分が悪くなった。あいつは、何かあったら俺が守らなきゃならないんだ。



 俺がもともと住んでいた場所は、小さな村だった。同級生は数少ないが、老人が沢山いた。学校なんてものはなく、生きるために必要なものは全て彼らから教わったと言っても恐らく過言にはならない。和気あいあいとした村だった。村人全員で、1つの家族だと表現しても良いくらいに。
 しかし、そんな村にも欠点があった。それは昔からの慣習を頑なに守り続けることだ。初めは気にならなかったが、成長するにつれ徐々に疑問を抱くようになっていった。
 その慣習というのが、“猫を可愛がることなかれ”。猫よりむしろネズミを大切にせよ、というのがこの村の伝統だった。どうやらネズミが家にいると金持ちになると信じているらしく、そのネズミを食べる猫は疫病神扱いだった。
 猫が道端で寝転んでいれば石を投げつけ、家の敷地に入ろうものなら容赦なく殴りつけた。そうすればお金が家の中に入ってくると信じられているのだ。
 しかし俺は知っていた。ネズミが家に居ても裕福になれるわけがない。物心ついたときから家にネズミが住み着いていたが、一向に金持ちになれる兆しは見当たらなかった。むしろ家の所々をネズミがカジり穴を開け、もともとみすぼらしかった家がいよいよみすぼらしくなった。
 そこから俺は学んだのだ。ネズミが居てもちっとも金持ちになんかなれないと。
 だからそれを母さんや父さんに言ってやった。けれども彼らは頑なに首を振り続けた。昔からの慣習に浸った彼らを動かすことは出来なかった。
 俺は猫が石などぶつけられたり、打たれたりするのを見るのが本当に嫌になった。自分では絶対に殴ったりしないようにしたし、他の人に殴られた猫を簡単ではあるが治療してやった。すると猫は俺の周りに集まり始めた。やつらは、とても可愛い。
 しかし、周囲の人間はそれを許さなかった。次第に俺は疎ましがられ、誰も俺と話そうとしなくなった。終いには両親からも煙たがられたくらいだ。



 だから仕方なく、俺は村を出た。猫を嫌う村で猫を好いた俺には居場所がなかったのだ。
 その時について来たのが、この白い毛に所々ブチがある猫だった。思えば、こいつの怪我は1番酷かった。それは恐らく木の棒などで殴りつけたような、見るに耐えるものだった。真っ白な毛は悉く真っ赤な血に染まっていた。
 必死で看病した結果、そいつは俺に懐いてしまった。
 なんとなく、だが、俺は、そいつを守ってやらなければいけないのだ、と思うようになった。義務的に感じているのではない。どちらかと言えば、愛情的、だった。




 猫の足が止まった。

「なんか、捕まえたのか?」

 俺はしゃがみ、猫の顔を覗き込んだ。そこにはネズミがくわえられていた。

「おお、大した猫じゃの」

 嗄れた声が聞こえ、辺りを見渡すと、あまり高くない塀に座った老人がいた。

「……こんにちは」
「今時、ネズミを捕ろうとする猫はおらんよ。どうじゃ、その猫わしに譲らんか」

 ほっほっほ、と老人は笑った。俺は笑えない。

「どうする? あのおじいちゃんがお前と暮らしたいってさ」

 猫に尋ねる。猫は首を傾げた。ように見えた。
 しばらくして、猫は老人のとこへ行き、ネズミを足元に置いてまた俺の下へ戻ってきた。
 老人はその様子を見て、再びほっほっほと笑った。

「どうやら、振られたらしいの」

 老人はにこやかに笑っている。

「じゃ、わしはこれにて」

 そう言うと、老人は器用に塀の上を歩いてどこかへ行ってしまった。可笑しな老人だった。
 俺は猫を見る。

「お前、俺といて良かったの? あの人についてったらめっちゃ豪華な暮らしが出来たかもしんねえぞ」

 猫は俺を見て、にゃあと鳴いた。
 その様子が可愛くて、首を撫でる。するとまた、猫はにゃあと鳴いた。
 いい加減お前って呼ぶなよ、と言われているような気分だった。



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