チェリーチェリー (2/2)
*
「あー買った買った!楽しかったぁー」
「ひどいよ名前さん…」
「いやぁ実によいわんこっぷりだったよ長太郎くん!よしよし!」
「今はそんなふうになでなでされても…全然嬉しくないです」
辺りはもうすっかり暗くなった。
そして、俺のテンションももうすっかり暗くなっていた。
今日1日、本当にあの2軒でしか過ごしていない。
服装こそ今時のギャルみたいだけど…
よく分からない日本語を連呼したり、いかがわしいアニメのグッズやコスプレが陳列されているコーナーで目を輝かせていたり。
今までに知らなかった名前さんを一気に知りすぎて、頭がパンクしそうだ。
これでいつか飽きられてポイなんかされたら、
俺はもう一生宍戸さんにだけついていく。
「…ねぇ、名前さん」
「ねぇねぇ長太郎、私の家についたらまた前みたいに御狐神くんのタキシード着てね!」
「み…みけつかみ?う、うん。分かった…」
「それでまた"僕は貴女の犬になりたい…"って言ってほしいの!」
「い…いいよ。ねぇ、それよりさ」
「やった!あの時の長太郎本当かっこよすぎて萌え禿げたわ…っていうか妊娠した」
「えっ!?妊娠したの!?」
「ばか、それくらいかっこよすぎたってこと」
「あ…なんだ比喩か…」
こんな感じに。
アニメの世界に空想旅行してる間の名前さんとは、
面白いほど話が噛み合わない。
俺からだって話を振りたいのもなかなか分かってもらえない。
「名前さん!」
「あ、ねぇお腹すいた!あそこでご飯にしようよー」
「お願いだから…聞いて」
「えっ?あーもう、なぁに?」
「……」
終いには怒る。
「俺、今度の土曜にテニスの試合があるんだ。だからもし良かったら…応援に来てくれないかな」
「えー、来週の土曜?その日はON友と秋葉原に浪川大輔さんのトークイベント行こうって言ってたんだけど…」
「……っいい加減にしてください!」
「ひゃっ!?」
都合のいい買い物の付き添い人だろうと"貴女の犬"だろうと、
怒るときは怒る。
だって俺は、あなたの彼氏だから。
「たまには俺にだって…恋人らしいことしてよ」
「……う」
急に大声を出されて、怯んだような落ち込んだような表情になった名前さん。
少し言い過ぎたかな…
なんて後ろめたくなった次の瞬間、
彼女は何をしたと思う?
「!」
正面から俺の首にゆっくり腕を回すと、突然背伸びをして唇にキスを。
それから、
「……怒っちゃやーだ」
再び触れてしまいそうなほどの近距離でそう呟いて、上目遣いに俺を見た。
萌えた。
…悔しいことに、全力で萌え禿げた。
「……か、可愛いすぎる…」
「んもう…わかったよ。なら土曜はイベントキャンセル。とびっきりおしゃれして、テニスコートに舞い降りてあげる。ありがたく思いなよねー」
「…プレイヤー以外はテニスコート内に入っちゃダメだけどね」
「うるせーな分かってるよバカ犬。比喩だって言ってんじゃんさっきから。10年も中2まっとうしてんじゃねーよいい加減テニスしやがれこのすすろ廃」
「っ名前さん!?何今の辛辣な発言!?」
「なんでもなーい。言ってみただけー」
「何それ…」
本当は触れるだけのキス1つなんかじゃ、この身体は全然物足りない。
いつも俺だけが空回りして、
それをいいように利用されて振り回されてばっか。
でも、
「やっぱり今日のご飯は外食やめて、私が作る!なんかそんな気分!」
「え、本当?やった!楽しみだなー、名前さんの手料理!」
「ところで長太郎、裸エプロン好き?」
「ええっ!?は…はだ…っ!」
「ばーか、嘘だよ。するわけないじゃんそんなの」
「で…ですよね…」
こうしてあなたのそばにいられる、それだけで強くなれる。
幸せな気持ちになれるから。
これからも多少の我侭になら、付き合ってあげない…こともないです。
だからもう1度kissして。(ピンクのグロスが誰より似合う)(甘くて酸っぱい僕のチェリー)(イメージ曲:チェリーチェリー/Acid Black Cherry)
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