「お兄ちゃん、起きて」

ゴンゴンと扉を叩きながらそう呼びかけても返事はない。もう一度強く扉を殴れば、『ゆうぎ』と書かれたプレートが宙に浮いた。

「ったく、入るよ!」

がちゃ、と扉を開ければベッドの中にお兄ちゃん。布団から特徴的な髪の毛がはみ出している。あれを見る度、私にはあの髪型が遺伝しなくて良かったと思う。

何はともあれ起こさなきゃ。ベッドに近付いて布団を一気に剥ぐ。

「起きろチビ!!!」
「うぅん…」

眉を顰めて唸るお兄ちゃんの上にダイブする。寝起き悪いんだよねこの人。巷じゃ決闘王とか言われてるらしいけど、こんなだらしない奴がトップでいいわけ?大丈夫か決闘界。

長い睫毛が揺れて、綺麗なヴァイオレットが現れる。

「…ヒビキ…?」
「そうだよ。もう朝だよ。起きなよ」
「……あと五分…」
「ぎゃ!」

ぐっと腕を強く引かれてお兄ちゃんに抱き締められる。えっ。えええ。まずい、もしかして、

「朝からヒビキに会えるなんてオレは幸せ者だぜ…」
「いやー!」

まずいまずいまずい!この人お兄ちゃんじゃなかった!遊戯だけどお兄ちゃんじゃないこの人は、お兄ちゃんのもう一つの人格らしい。まあ、別にそれはいいの。そうじゃなくて、この人、頭おかしいんだもん!!

「…いいにおいがするな」
「ぎゃー!離せ変態!」
「フフ…恥ずかしがらなくていいぜ…」
「違うよ!そういうんじゃないよ!いいから離して!」
「柔らかいな」
「キモい!お兄ちゃぁぁぁあん!起きてよおぉぉお!」
「…?オレは起きてるぜ?」
「あんたじゃない方!私のお兄ちゃん!」
「相棒はまだ寝てる」
「お兄ちゃぁぁぁぁああ」

ジタバタ暴れようとしても腕ごと抱き締められ、足を絡められ拘束され、全く身動きが取れない。お兄ちゃんが首筋に顔を埋めてくる。ひぃいいい。アカン。アカンやつやこれ。

「おっ、お兄ちゃ…」
「ヒビキ…結婚しよう…」
「うぼぁっ?!嫌だよ!近親相姦の趣味とかないよ!!ていうか兄妹じゃ結婚できないんだよ!!残念でした!!」
「オレはヒビキの兄じゃないぜ」
「身体はお兄ちゃんのですううう!!!いいから離して!」

ていうか何でこんなに私が叫んでるのにお母さんもおじいちゃんも助けにきてくれないわけ?!馬鹿なの!?もう次攫われても絶対助けてあげないし!

「ヒビキ…愛してるぜ」
「いーやー!!」

耳元で熱い息を吐くお兄ちゃん。もう、やだ、本当になんなの。シスコンなの。馬鹿なの死ぬの。まだ朝だよ?朝っぱらから何でこんなアダルティな雰囲気ぶつけてくるのキモいよお兄ちゃん。ていうかお兄ちゃんじゃなかったよこの人。身体はお兄ちゃんだけど中身他人だよ。そう考えたら余計嫌だ。

「ヒビキ…」
「ひっ」

舐めた!今私の首筋舐めたよこの人!もう嫌!変態!シネ!

「起きろアホチビィィィイ!!!」
「ぐはっ」

力を振り絞って頭突きをお見舞いする。ゴツンといい音がした。お兄ちゃんの身体から力が抜ける。私はぐったりしたお兄ちゃんの身体を怒りに任せてベッドから引きずり落とした。

「うぐっ…!?いっ…たたた…」
「お兄ちゃん!」
「な、なに?あれっ?ヒビキ?」
「お兄ちゃぁぁぁあん!」
「わわっ!」

良かった!いつものお兄ちゃんだ!安心して思わず飛び付けば、お兄ちゃんは後ろに倒れ込みながら抱き締めてくれた。

「どうしたの?」
「馬鹿!お兄ちゃんの馬鹿馬鹿!変態!」
「変態!?」
「自力で起きれないなら千年パズルしたまま寝るの止めて!!」
「あ、もう一人のボクが何かしたのか」
「したよ!結婚しようとか意味不明なこと言うし!首舐められた!」
「…そっか。後でキツく言っておくね」

そう言いながら千年パズルを外してベッドの上に放り投げるお兄ちゃん。そうそう。最初からそうしてよね。

「ウーン、お腹空いたなぁ」
「そうだ!朝ご飯食べようお兄ちゃん!」
「うん!」

きゅ、と手を握って部屋を出る。ねぇ、ヒビキ、とお兄ちゃんが言う。

「なあに?」
「小さいとき、ヒビキが『おおきくなったらお兄ちゃんと結婚する!』って言ってくれたの覚えてる?」
「ん?うん、覚えてるよー」
「そっか。うん、それならいいんだ」
「…?」

お兄ちゃんは満足そうに頷いて、私の手を引いた。何だかよくわかんないけどお兄ちゃんが嬉しそうだからいいや。ええ、ブラコンですともそうですとも。ただいやしかしさっきは危なかった。いくらブラコンったって、ねぇ?


近親相姦とかシャレにならんよ、お兄ちゃん




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