「十代さまぁっ」
「うおっ?れ、レイ?!」
廊下の向こうで、後輩の早乙女さんが十代に抱き付くのが見えた。
ああ、嫌なもん見ちゃった。
口を開きかけて、閉じる。それからそのまま背を向けて歩き出した。
本当は、彼の恋人は私なんだよ、だから抱きついたりしないで、って言いたい。でも結局頭の中で繰り返すだけで、口には出せない私はなんて臆病なんだろうか。
トボトボとした足取りで決闘場へ向かう。
「準君、いる?」
「何だ、ヒビキか」
声をかけると、奥の方でカードを見比べていた幼なじみが顔を上げた。デッキ調整でもしてたんだろう。
ひらりと手を振ると、準君は思い切り眉を顰めた。そんなにひどい顔してたんだろうか、私は。
準君は傍らに置いてあった決闘盤を私に向かって差し出してきた。メンテナンスしろってことか。
「特別にこの万条目サンダーの決闘盤をメンテナンスさせてやる」
「いつもじゃん」
「う、うるさい!いいからやれ!」
「あはは。まあ好きだから別にいいんだけど」
笑いながらそれを受け取り、準君の隣に腰を下ろす。腰のホルスターに入れてあるメンテナンス用の用具を並べて、準君の決闘盤を眺める。やっぱり細かい作業をしていると頭が冷えて心が穏やかになる。
「…それで?」
「え?」
今まで黙っていた準君が急にしゃべるから、思わず聞き返してしまった。
「何があったか聞いてやる」
ああ、話せってことか。
「いや、まあ、なんていうか。早乙女さんが十代に抱きついてるの見ちゃって」
「やっぱりあいつにお前はもったいないな。今すぐ別れろ」
「えー」
「ヒビキがいながら他の奴に目移りするなど許せん!」
準君の言葉にちょっと心がほかほかしてくる。溝にたまった微かな埃をフッと吹き飛ばして笑う。
「それでも、十代が好きだから」
「…フン」
準君は鼻を鳴らすと、私の足のすぐ横に何かを置いた。ドローパンだ。決闘盤を横に置いてから手に取る。一度開けたらしいその包装紙を捲れば、パンにたっぷり挟まったホイップクリームと、鮮やかなフルーツが見えた。
「準君、これ…!」
「今日は偶々気分じゃなかっただけだ」
そう言ってそっぽを向く彼の頬が少し赤くなっているのが見えた。私の優しい優しい幼なじみは、どうしようもなくツンデレなのだ。
「ありがとう、準君…」
「礼はいらん」
「うん」
甘くて美味しいそれにかぷりつく。ぽん、と、私の頭に温かい手が乗った。
ああ、これだから準君の幼なじみは幸せすぎて困るのだ。彼は私がして欲しいことを、何だって知っている。
「機嫌はなおったか?」
私の心を奪ったのは十代だけど、私の心を一番知り尽くしているのは、間違いなく準君だ。
(きっと彼は対私マニュアルを持っているのだ)