minor | ナノ








彼女が僕達から離れていったのは、いつからだったろうか。


最初は受験勉強が忙しいからと、彼女から会いに来る日が少なくなって、だから僕達から彼女の家を訪ねていった。


勉強の邪魔さえしなければ彼女は怒らないし、美味しい晩御飯だってご馳走してくれるから、僕も他の皆も時間を見付けて遊びに行った。


彼女は鉛筆を握って、教科書を片手によく分からない数字を紙に書き連ねていく。


何をしているのかを訊ねると、彼女は丁寧に教えてくれたけど、結局僕達には理解出来なかった。


そしてそのたびに彼女は、「妖怪は勉強しなくていいから気楽で良いね」と疲れた顔で笑うのだ。


しばらくして、彼女は家にいないようになった。


昼間は勿論学校で、夕方はまだ帰ってきていなくて、辺りが暗くなっても部屋の電気は付かなくて、真夜中に部屋を覗いたらようやく布団の中に頭がひとつ見えるのだ。



「#名前1#さん」



僕達のためにと、いつも鍵が開けっ放しになっている窓を開けて呼び掛けても、彼女は身じろぎひとつ、しない。



「#名前1#さん」



月明かりから逃れるように、こっちに背を向けて丸まるその背中は、初めて会った日からずっとずっと大きくしなやかに成長した。



「#名前1#さん」



返事して下さいよ。ねぇ。ねぇねぇねぇ。もっと構って下さい。貴女なしじゃあ寂しいんです。僕達のこと、僕のこと、嫌いになりましたか?妖怪なんて気持ち悪いですか?ねぇ、#名前1#さん。



「好きなんです。」



ポツリと呟いた声は、暗い部屋に落下して霧散した。


もう帰ろうと背を向けたとき、小さくごめんねと聞こえた気がした。





カムパネルラ





いつかこうなるって分かっていた。


分かっていたはずなのに、見えないフリをして目を瞑っていた。


やっと理解した時には手遅れ寸前っていうか既に手遅れ。


やっとのことで引っ込めた両手は、色も温度も感じられなくて、やたらと虚しくて悲しくて苦しかった。


必死に手を伸ばしてくれる君が本当は好きだった。


過去形じゃなくて、今も好きだ。


でも気持ちだけじゃどうにもできないことだって沢山ある。


どっかの誰かさんは「愛があれば障害なんて関係ない」とか軽々しく言っていたけれど、私と君は余りにも違いすぎたんだ。


だから、ごめんね。


死ぬまで貴方が大好きです。




この言葉は、届かなくていい。