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「ねえ、鬼太郎」


「何ですか?」



首を傾げる鬼太郎の長い前髪が揺れる。


彼の左目を隠すそれにゆっくりと手を伸ばそうとすると、何かを察したのかサッと身を引いた。



「何で逃げるの?」


「だって#名前1#さんが、」


「別に良いじゃん。前髪くらい。」


「駄目ですっ!」



鬼太郎は両手で前髪を押さえながら必死で首を横に振る。


ほんのちょっと前髪を退かした姿を見てみたいだけなのに、鬼太郎はそれを頑なに拒否するのだ。


だがしかし駄目と言われるとやりたくなってしまうのが人間の悲しき性というやつなわけで、いつもならこの可愛さに免じて私が折れるのだが、今日はそういうわけにはいかせない。



「ちょっとだけだから。」


「駄目です!」


「何で?」


「駄目だから駄目なんです!」


「何で?」


「……。」



何度も訊ねると、鬼太郎が口を噤んで俯いた。


ちょっと強引で意地悪かもしれないけれど、これ以外に思いつかなかった。


確かに鬼太郎は力のある妖怪で、私はただのちっぽけで弱い人間だ。


もしかしたら鬼太郎が前髪で隠している左目を見た瞬間に、私が石になったり、死んでしまったりするのかもしれない。


でもそれならそれで、ちゃんと教えて欲しいと思うのだ。


僕の目を見たらお前は死ぬでも、お前になんか見せたくねーよ!でも何でも良い。


鬼太郎の口から、ちゃんと聞きたい。



「えっと、」


「うん。」


「あの…」



恐る恐る口を開いた鬼太郎は、一言呟いた。



「…#名前1#さんに…嫌われたくない、から…。」


「…え?」


「左目、見たら#名前1#さんはきっと…僕のことを嫌いになる…。」


「何かあるの?」


「醜い…から…。」



そう言って唇を噛む鬼太郎。


醜い?誰が?鬼太郎が?彼の左目が?


っていうか、



「私が、見た目が好きだからってだけで鬼太郎と一緒に居ると思ってるわけ?」


「そういうわけじゃ…ないですけど。」



怖い、と鬼太郎は言った。


私はそんな鬼太郎の手をなるべく優しく握る。


ちょっと低めの体温。


私とは違う、人にあらざる者の温度。


見た目はこんなに幼いのに、私よりずっとずっと長く生きていて、他の妖怪よりもずっと優しくて、でも時に誰よりも冷酷になる愛しい鬼の子。



「私はね、鬼太郎。」


「…はい。」


「こうやって、鬼太郎に触れていられるだけでとてもとても満たされて、すごくすごく幸せなんだよ。」


「#名前1#さ、」


「そりゃ目玉が何個もあったりとかしたら、びっくりするだろうけど。でも、鬼太郎に会って、沢山の妖怪達と会って、今じゃちょっとやそっとじゃ動じないよ。寧ろ今更嫌いになんてなってやらないんだから。」


「…は、い…っ。」



鬼太郎は微かに笑みを浮かべると、ゆっくりと前髪を掻き上げた。


見えたのは、黒紫に変色し閉じられた瞼だった。


見えて、いないんだろうか。


多分そう。


つまり彼は今まで、半分の視界で戦っていたってことか。


それがどれだけ怖いことかは分からない。視界が半減することを恐怖するのは人間である私だけなのかもしれない。



(それでも、)



すると私が黙っているのを見て、鬼太郎は泣きそうな顔で笑いながら視線を下に落として口を開いた。



「…やっ、やっぱり、気持ち悪いですよね…っ!」


「鬼太郎。」


「へ」



ギュウと、握られた手を掴んで鬼太郎を引き寄せる。


小さな鬼太郎の身体は、私の腕の中にすっぽり収まった。


逃げないようにがっちり抱き締めながら、私は右手で鬼太郎の前髪をどけてその瞼にそっと触る。


変色した部分は少し固い。


そのまま指をずらして柔らかい頬をつつくと、鬼太郎はくすぐったそうに私の名前を呼んだ。



「全然気持ち悪くなんかないよ。」


「!」


「いつもと同じ。可愛い可愛い鬼っ子だ。」



私の言葉に、鬼太郎ははにかむと、腕を回して抱きついてきた。


服越しに、ジワリと湿る感覚と熱を感じて抱き締め返す。


ずっと。


ずっとずっとずっと彼が抱えてきたものに触れたせいだろうか。


何だか、鼻がツンとして目が熱くなってくる。


好きだよ、と呟いて天井を仰ぐと、木の隙間から目玉がひとつ覗いているのが見えた。





バンシーが二匹