黒子君が見える

同じクラスの黒子君はとても影が薄い。どのくらい薄いかっていうと、同じ部活だという人でさえ彼が目の前に居ることに気付かないくらい。だからたかが同じクラスなだけの私なんかが黒子君を見つけるなんて至難の技だったりするのだ。が、夏休みが明けてから、妙に彼が見つけやすくなった気がする。友達に言ったら逆に薄くなった、寧ろ登校してんのかあの人的なことを言われた。ところがどっこい、今そんな話をしている間も、私の目は黒子君を捉えているのだ。窓際の後ろ寄りの席に座った彼は一人で本を読んでいる。私は意を決して、彼に話し掛けてみることにした。「黒子君」「わ、」彼は私の呼び掛けに肩を跳ねさせてから、胸に手を置いてこっちを振り返った。よっぽどビックリさせてしまったみたいだ。何だか悪いことをした気分になって私は思わず謝っていた。「急にごめん」「いや、全然構わないですよ」本を閉じながら黒子君が微かに微笑む。良かった。前に火神君からアイツ切れると超怖いんだぜ的な話を聞いていたから怒らせたくない。黒子君は首を傾げて「それで、どうしたんですか?」と言った。「いや、別に用事はないんだけど…。読書の邪魔しちゃったよね?ごめん」「そうですか」「怒った?」「まさか。嬉しいです」「嬉しいの?」今度は私が首を傾げる番だった。黒子君は頷くと口を開く。「僕は影が薄いのであまり人に認識されないんです。同じ部活動の仲間でさえ、僕が目の前に立っていても気付かないくらいですから、用事もなくただ声をかけてくれる人なんて本当に少ないんです。だから今こうやって話し掛けてもらえたことがすごくすごく嬉しいんです」そう言って黒子君が笑うから、私も思わずつられて笑った。風が吹いて、黒子君の薄水色の髪を揺らす。キーンコーンとチャイムが鳴る。「席に戻らなきゃ。」「はい。あの…、」「うん?」黒子君は少し躊躇って視線を泳がせてから、私を見る。「また、こうやって話し掛けてくれますか?」ちょっと震えた声。私が嫌がるとでも思っているんだろうか。「私なんかでよければ、喜んで。」「…ありがとう、ございます。」黒子は泣くのを耐えるみたいに眉を下げて、笑った。友達が私の名前を呼ぶのが聞こえる。黒子君にじゃあまたね、と言って友達の所へ行くと、彼女達にあっちで何してたの?と聞かれた。黒子君と話していたと答えると、彼女達は私の肩口から向こう側を覗き、そして黒子君なんか居ないじゃんかと言った。「居るよ。窓際の席だってば。」「だから居ないって言ってるじゃん。」「嘘だぁ。本読んでるじゃん。」「本当だって。見えない見えない。」「黒子君影薄過ぎワロタ。」「アンタ第三の目でも開眼したんじゃない?」「えー。」友達にからかわれて少し拗ねながらそっと振り返る。やっぱり窓際では黒子君が一人で本を読んでいる。あんなにちゃんと分かるのに、皆は目が悪いんじゃないだろうか。私の視線に気が付いたのか、黒子君が顔を上げてこっちを見る。口元を緩めて小さく手を振ってくれる黒子君を見て、何だかよく分からないけど幸せな気分になる。友達には馬鹿に(?)されるけれど、黒子君が見えるようになって良かったなと思った。


君と喋った日