「…おはよう、#名字1#さん」
「……おはよう」

通り過ぎ様に武藤君から挨拶され返事をすれば、彼はへらりと笑って自分の席へと向かった。声が心なしか暗い。何だ。元気ないのか。いや、知らないけど。ていうか武藤君は最近になって何故私に挨拶してくるようになったんだ。当て付けか。自分は城之内君という友達が出来たけど私は未だにぼっちだから同情してんのか。元ぼっち仲間のよしみか。やかましいわ。ほっとけ。ギリィ、と奥歯を噛み締めながらそんなことを考えていたら、後ろから城之内君が武藤君に、悩み事あんなら話せよ力になるぜ!的なことを言う声が聞こえた。はいはい、美しい友情乙。羨ましくなんかないし。マジで。



「あ……あの、#名字1#さん…」
「……ん?」

放課後、昇降口で靴を履き替えていたら、同じクラスの男の子に声をかけられた。おおきな眼鏡が特徴的な彼は、確か、花咲君だったか。

「何?」
「実は…このパー券、買ってくれないかな…?」
「…パー券?」

彼が差し出してきたのはチケット。『騒象寺のオールナイト・ソロ・ライブ』と書いてある。

「C組の騒象寺君って知ってる…?これ、ライブのチケットなんですけど…」
「…へぇ」

買って貰えると助かる、と彼は言うが聞けば1枚2000円だとか。高いわ。誰が買うんだそんなもん。2000円あったら他に使うわ。ゲームとか、本とか。ファストフード店ならちょっと贅沢できる。そんな私の貴重な2000円を、どこの誰かとも分からない奴のために使ってたまるか。

「…ごめんなさい」

できるだけ申し訳なさそうに、言う。

「ホントは買ってあげたいんだけど、私今金欠で…」
「……ううん、いいんです。急にこんなこと言ってすいませんでした」

がっくりと肩を落とす花咲君にもう一度ごめんなさいと告げて、私は昇降口を出た。いや、花咲君も大変だな。鞄を肩にかけ直しながらそんなことを思う。だがしかし私に売りつけようとしたのは何故だろうか。買うと思ったのか、私が。いや、まあ、一般的に見たら私ってホラ、気の弱い地味な女子生徒だからね。くそっ。関係ないけどカラオケ行きたい。



と、いうわけでカラオケにやってきた。勿論一人だ。ヒトカラってやつだ。寂しくなんかない。ぼっち楽しすぎるぜ。フリータイムで入り、案内されたのはパーティールームのすぐ隣の部屋。一人で使うには少し広いが、他の個室は埋まっているそうな。何だか得した気分だ。

ホワイトソーダを飲みながらデンモクをいじる。久し振りに来たから新しい曲いっぱい入ってるなー…。よし、決めた。ピッと送信すればイントロが流れ始める。マイクを握り締め、息を吸う。

「っまだー見ーえなーいー自分のーいばっ『〜〜〜!!!!!』…っ!?」

いきなり隣の部屋から聞こえてきた爆音に思わずマイクを手放して耳を塞ぐ。何?!何なの?!五月蠅い上に言っちゃ悪いけど相当の音痴。ジャイアンもびっくりだ。恐らくパーティールームからだろう。くそう、ふざけんな。誰だよ。

耳をふさいで曲が終わるまで耐える。爆音が途切れた所で廊下へ飛び出すと、隣のパーティールームの中に、見知った姿を見つけた。

(ゲ…武藤君…)

しかも何だかダサい服装のリーゼントの人と、何故かボロボロの花咲君まで居る。謎の組み合わせ。意味分からん。すると武藤君がふと顔を上げ、私を見つけた。げっ。まずいんじゃないの、コレ。私が逃げようと一歩後退ると、武藤君はリーゼントの人に何かを言い、花咲君を背負って部屋から出てきた。部屋に逃げ込もうとする私の手を、パシと掴む。

「#名字1#さん」
「…人違いデス…」
「…?何言ってるんだ?」

咄嗟に顔を背けた。くそう、只でさえめんどくさいのに穏やかじゃない方の武藤君だった。爆発しろ。武藤君は花咲君を私に向けて差し出す。

「悪いが少しの間、花咲君を頼んだぜ」
「え…なにそれ困ります…」
「すぐ戻る」
「おい、待て話を」

聞け…、と私が言い終わる前に彼はパーティールームに戻って言った。花咲君を私に押し付けて。マジない。マジないわ。しかも花咲君超怪我してるし。何だこの状況。くそう…。

仕方なく、部屋に花咲君を引っ張り込む。少し広めの部屋だったこともあり、ソファーに横たえてもまだまだスペースに余裕があった。だがしかしそこから先だ。花咲君ぐったりしてるし歌う気にもなれないし。ホワイトソーダを飲みながら無意味にデンモクで曲を探して時間を潰す。早く戻ってこい武藤君。ちくしょう。

ガチャ

「あ」
「…」

不意に扉が開いて、武藤君が入ってきた。ノックぐらいしろよ。武藤君は私のすぐ隣に座ると脚を組んでこちらを見上げてきた。

「どうした?歌わないのか?」
「ええー…」

歌わねーよ。ていうかこの状況で歌えるわけないだろ。とは心の中でだけツッコんで、私は静かに目を逸らす。武藤君は何故かフッと笑った。

「さっきは助かったぜ」
「はぁ…」
「ありがとな」
「いや…別に…」

アナタが勝手に押し付けただけじゃないですか。あと妙に距離が近い。さり気なく横にズレる。

「あの…帰らないんですか?」
「花咲君の目が覚めたら帰るぜ」
「え」

じゃあそれまでここに居座る気?冗談でしょ?驚いて武藤君を見れば、武藤君は口角を上げて笑う。うわ、イケメン。じゃなくて。

(うあああ、花咲君早く目覚めろー!)

そして武藤君にはさっさとご帰宅願いたい。無言の時間だけが過ぎていく。ああ、私の貴重な時間が奪われていく。どれもこれも皆武藤君のせいだ。帰れ。早く帰れ。

「うぅ…」
「…花咲君!」
「あれ…ここは…?」
「ライブは終わった。さ、帰るぜ」

頭を抑えながら起き上がった花咲君の腕を自らの肩に回して武藤君が立ち上がる。花咲君は寝起きで頭が回ってないのか、ちょっと目が虚ろだ。

「またな、#名字1#さん」
「あ、はい……」

ひらりと手を振って部屋から出て行く二人。嵐のようだった…。しばらく呆けていたが、ハッと我に返る。もう帰ろう。歌う気はもうない。

部屋を出て、ふとパーティールームを見れば、中でリーゼントの人が発狂していた。怖っ。見なかったことにして家にダッシュで帰った。何だかすごく疲れた。今日は早く寝よう。











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