(来た…!!!)


美術館の掲示板に貼られたイベントのお知らせを前に、私はひっそりとガッツポーズをした。つまり、アレだ。待ちわびたイベントがこの童実野町にやってきたのだ。

エジプト発掘展

その名の通り、エジプトで発掘された色々なものが展示されるわけである。気になるラインナップといえば、かなり良い状態で発掘された石版やファラオのミイラなどなどなどとかなり充実しているのだ。それもつい最近、発見されたばかり。新聞でも大々的に取り上げられていた。いやもうテンションを上げずにはいられない。古代エジプト神話?太陽神ラー?ファラオの呪い?大好物です。テレビの特番なんかは欠かさずチェックしているが、本物を見る機会なんてそうそうないだろう。広告用のA4サイズの紙を二枚取って鞄に仕舞う。え?一枚は保存用ですよ言わせんな恥ずかしい。入館料は多少かかるが、得るものに比べたら安いくらいだ。


そんなこんなでルンルンと学校へ向かったわけだが、教室でまだ見ぬファラオ(のミイラ)へと想いを馳せる私の耳に、聞き捨てならない話が転がり込んできたのは休み時間のことだ。

「今回エジプトの王様のお墓を発見した大学教授がボクのじーちゃんが友達でさー、その吉森さんて人が、ボクらを招待してくれたんだ!」
(…は?!)

思わず振り向いた。振り向かざるを得なかった。誰の何がなんて?!武藤君のおじいさんが、吉森教授と友達?!招待?!ワッザ!!どういうことなの。思わずガン見してしまっていることにはたと気付き、武藤君達から無理矢理視線を逸らす。

正直羨ましいとしか言いようがない。だっておじいさんが友達で招待されたってことはとどのつまり、吉森教授に直接会えるってことでしょう?前から疑問だったあんなことやこんなことを聞いてみたり、専門家から見た解説を聞くことだってできるかもしれない。なんて素敵なんだ。まるで夢のようだ。そんなチャンス一生に何度もないだろう。くっそ、嫌なら代わってくれよ城之内君。ギリィ、と奥歯を噛み締める。いや、悔しくなんて、ない。


というわけで日曜日がやってきた。目一杯のオシャレをして、鏡の前に立つ。うん、まあ、少なくとも普段の格好よりは断然マシだろう。滅多に履かないスカートの裾を少し引っ張る。どうして急に、なんて聞かないで欲しい。なんてったってミイラがいるのだ。つまりファラオだ。ミイラとはいえ古代エジプトの王族に会うっていうのに適当な服なんて着ていけるわけがない。

「よしっ」

気合いを入れて鞄を肩にかける。いざ、エジプト発掘展へ。


意気揚々とやってきた童実野美術館。流石に話題の渦中と言うか、人で賑わっている。ささっと辺りを見回して、武藤君達がいないことを確認。いない。よっしゃ。るんるんと受付に向かう。しかしまたそこで問題が発生した。受付で誰かが立ち往生しているのだ。白いマント(?)のような服にダーバンをした背の高い男の人。浅黒い肌と特徴的な目元に、彫りの深い顔立ち。まさか。まさかまさか、エジプトのお方ではなかろうか。ゴクリ、と唾を飲み込む。恐らく彼はチケットがなくて困っているのだろう。多分。恐らく。自分の鞄にそっと手を添える。今私の鞄の中にはチケットが3枚入っている。分かってる。皆まで言うな。自分でもアホだとは思っているが、どうしても我慢出来なかったんだ。本当は期間中毎日でも通い詰めたかった。しかし今目の前で困っているエジプト人に一枚譲る余裕はある。正直人助けと言うよりも、ここで知り合っとけば本場の人目線での解説のひとつやふたつくらいしてくれるんじゃないかという打算的な考えが多くを占めているのだが。いや、だが、しかし。

(そもそもコミュ障の私に話し掛ける勇気とかなかったわ)

もうっ、私のばかばかっ。意気地なしっ。溜め息を吐きつつ取り出した二枚のチケットを仕舞おうとしたその時、ふとその人が振り向き、パチリと目があった。そのまま目線が私の手元に降りてくる。あっ、えっと、えっと。

「ああああのっ、これ!」

盛大にテンパった私は、まるでラブレターを渡す乙女のようにチケットを差し出すという奇行に走った。しかも思いっきり日本語で。アホか。彼は私をしばらく見つめた後、口を開いた。

「…お嬢さん」
「あれ、日本語…」
「そのチケットを一枚、私に譲ってくれないか」
「は、はい!是非!」

パッと差し出せば小さく微笑んでそれを受け取る。お…おおう…イケメェン…。そのまま受付を済まして館内に入る。彼はこちらを向くと、また小さく微笑んだ。あ、この人秤持ってる。

「助かった」
「あ、はい…えっと、」
「何か礼がしたいのだが…」

あうあうあう。いざそう言われると戸惑うものがある。下心で話し掛けたから余計に罪悪感。ああ、こんな良い人を…善良な外国人を嵌めるなんて私は何て罪深いんだ。アメミットさんに心臓を食われてしまう。あ、違うか。私は閻魔さんの管轄下でしたわ。舌抜かれる。


彼の名前はシャーディーと言うらしい。らしい、とか私何食わぬ顔して言ってるけど、もし日本語通じなかったら一体どうするつもりだったんだ自分。よく考えなくてもエジプトの公用語ってアラビア語じゃん。無理じゃん。それは置いといて。結論から言えば私はシャーディーさんからヒエログリフの読み方や、展示品の簡単な解説をしてもらえることになった。ヤッタネ!本当に申し訳無い。シャーディーさんもシャーディーさんで用事があるらしいので短い時間しかいられないが、とのことだったが私には充分ですありがとうございます。


「う…おおお…!」

パピルスに描かれた美しい絵を前に、私は思わず声を上げた。あの有名な裁判の絵や、古代エジプト神話を記したもの。ヒエログリフは読めないけれど(まだ勉強中だ)、予備知識として持っているエジプト神話やらオカルト知識を総動員して予測を立てつつシャーディーさんに色々質問していきます。

「あ、あの、この絵って」
「これは…死後の審判の絵だな」

ですよね!アヌビス神とトト神いますしね!興奮して飛び跳ねそうになるのを無理矢理抑えつつ、シャーディーさんの話に耳を傾ける。彼の説明はすごい詳しい上に若干マニアックだった。しかもヒエラティックテキストまですらすらと読んでしまう。アナタが神だったか。

「あ……」

ふと目に入った展示案内に書かれた『ミイラ』の文字。シャーディーさんを見上げれば、彼は迷いなくその先へ進んでいった。
一枚ガラスの向こう側。干からびた肌に閉じられた瞳。古代エジプトを生きていたその人は、人工的な照明の下ぴくりともせす眠っていた。心臓がどきどきと鳴る。本当なら出会うことなんて有り得なかった人間が、目の前にいるのだ。この瞼が開かれ、口が動き、二本足で砂地を踏みしめ、潤った肌で風を受け止めていた時間が、過去には確かに存在したのだ。服の胸元をぎゅっと握ってシャーディーさんを見上げる。

えっ

彼はミイラを見つめ、静かに涙を流していた。なんとなく、居たたまれないような気分になる。口を開いて閉じ、また開く。あの…、とかけた声は届いていたのだろうか。

「あの、私…向こうの方見て来ますね…?」

返事はなかった。



「………、」

四角いガラスの箱の中心に、酷く見覚えのある物体がぶら下がっていた。光り輝く黄金色の逆ピラミッド。鋭さを持った頂点は真っ直ぐ地を指し、立体パズルの名残ような薄い溝の中心、三角錐の正面には目を模した文様が刻まれている。美しいシンメトリーの輪郭は一ミリのズレもなく微動だにしない。そこに威風堂々と居座っているそれはまさに、普段武藤君の胸元でゆらゆら暢気に揺れているアクセサリー(?)だった。何でやねん。訳が分からないよ。展示品の説明書を見ると、そこには【千年パズル】と表記されていた。

「千年…パズル…」

聞いたことがある。古代エジプトで作られ千年アイテムというアーティファクト群の中のひとつ。文献が少ないため詳しい実体は分かっていないが死者の書の中で記述があったはず。千年パズルを解いたものは、なんとかかんとかの力を得て…うーん、よく覚えていない。

ふと横を見ると、ここの館長らしきオッサンと、もう一人の外人らしきオッサンが千年パズルを見ながら何やらコソコソと話していた。英語だったけど、断片的に聞こえる単語をつなぎ合わせると、どうやら商談でもしているらしい。

…商談?

「えっ」


「お!見ろー!遊戯のパズルがあそこに展示してあるぜー!」

ふいに聞こえてきた声に振り返る。げっ。城之内君。慌ててその場を離れれば、ニアミスで武藤君達が来た。うわー、あっぶな。記念撮影だの何だのと騒ぐ彼らを物陰から窺う。

「………、」

鉢合わせしないように気を付けよう。












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