「おはよー」
「…おはよう、真崎さん」

今日も今日とて可愛さ全開の真崎さんに挨拶をする。どうしたの?元気ないじゃん、と私の顔を覗き込んでくる真崎さんに、控え目に笑い返す。

「ちょっと、気分悪くて」
「そうなの?」

無理しないでね?と頭を撫でてくれた真崎さんにお礼を言いつつ目を閉じる。どれもこれも武藤君のせいだ。ちくしょう。


つまり、私の嫌な予感は的中したわけだ。夜中にかかってきた電話は海馬君の弟であるモクバ君からで、まだ兄サマが帰ってきてないんだけどどこに行ったか知らないかと聞かれて。いや、知るわけないだろ、と咄嗟に思ったものの相手は多少生意気とは言え幼気な小学生なわけで。ていうかもう反射的に頭に武藤君が過ぎってしまったわけで。

学校とかは?と聞いてみれば、探してみると電話が切れた。そして暫くの間があって、二回目の電話がきた。相手はやっぱりモクバ君からで、兄サマが見つかったぜやっぱり学校にいたありがとなと早口に言って、こちらの返事も待たずに通話が切れた。モクバ君の声の後ろから、海馬君の叫び声が聞こえていたのは、きっと錯覚なんかじゃない。


ぽかりと空いた海馬君の席を見て、ひっそりと溜め息を吐く。正直海馬君の自業自得感はある。けど心配には変わりない。帰りにモクバ君に連絡を取ろう。


とか思っていたら、何故か向こうから来てくれました。…何故。

武藤君を極力視界に入れないように1日を過ごした帰り道、校門を出て少し歩いた所で、黒塗りの車とモクバ君が待っていた。ていうか黒塗りの車がぱっと見怖すぎてビビった。何でSPさんそんなに顔厳ついの。取り敢えず黒グラサンはやめようよ。ねぇ。

車の中に入り、昨日のことを聞く。曰わく、海馬君は昨日の夜、学校の教室の中でまき散らされたカードの中で発狂しているところを保護されたんだとか。家に帰ってからも叫びっぱなし。まるで、死ぬんじゃないかとも思えるくらいに恐怖に染まった顔をしていたらしい。夜が明け、やっと落ち着いた彼は眠りにつき、昼をだいぶ過ぎてから目を覚ました。そして、

「兄サマが、#名前1#を連れてこいって言ったんだぜぃ」
「え」

何ソレ怖い。私関係ないじゃん。やばい、激しく帰りたくなってきた。

「ごめんモクバ君用事思い出したから帰っていい?」
「さっき暇って言ってたじゃねぇかよ!」「暇だと言ったが、アレは嘘だ」

まあそんなことを言った所でもう海馬君の家は目の前なわけで、今更帰るとか無理だった。


「お…お邪魔します…」

馬鹿みたいに大きな玄関を通り抜ければ、海馬君宅の使用人さん達がこぞって挨拶をしてくれる。まるで映画や漫画の世界だ。海馬君の家には過去に何度か来たことがあるけれど、未だに慣れないしこれから先慣れることもないだろう。

そうしてモクバ君に手を引かれてやってきたのは、海馬君の寝室だった。薄暗い部屋の中、海馬君は天蓋付きの大きなベッドの上で、ぼうっと宙を見つめていた。

「兄サマ、#名前1#を連れてきたぜぃ」
「……#名字1#か…」

暗いブルーが私を見る。その目には光が見えないのに、どうしてギラギラと輝いて見えた。ごくり、と喉が鳴る。この海馬君は、怖い。

「…#名字1#、武藤遊戯について何を知っている」
「え」
「昨日お前はオレを止めたな?何故だ」
「そ…それは、だって普通に考えて…」
「何だ」
「えっと…」

私は頭を必死に回転させる。いやまあ普通に考えてカードパクるとか犯罪だし、そう言って誤魔化すか?いやでも海馬君のことだ、どうせすぐ気付かれる。なら正直に話す?いやいや、頭がおかしいと思われるのがオチだろ。考えろ、考えろ…私!脳内でライフカードを見比べる。

「#名字1#」

ええい、もうどうにでもなーれっ!


結局私は、武藤君は多分多重人格で、武藤君に危害を加えた人なんかに仕返しをしている、んじゃないかと私は思っていますよー、と八つ橋にくるんで海馬君に伝えた。いや、くるんだよ。流石に脱獄犯に火点けてましたとか言えない。伝えられる範囲で、やんわりとね。海馬君は眉を吊り上げて、それだけか、と言った。

「いや正直怖ろしすぎてなるべく関わらないようにしてるから…それ以上の情報はちょっと…」
「使えないな」
「…じゃあ自分で調べたらいいのに」
「何か言ったか」
「いや、別に」

海馬君から目を逸らして、ソファーに座り直す。ふと、昨日の夜何があったのか聞いてみると、海馬君はゆっくりと口を開いた。闇のゲーム、実体化するモンスター、そして、死の体感。彼から語られた内容は、それはそれはファンタジックなものだった。ていうか死の体感て何だよ。こっわ。武藤君こっわ。え、意図的に幻覚とか見せれるってことだよね。怖いにも程がある。頭に浮かんだのは発狂して病院送りになった風紀委員長。海馬君がああならなくて良かったと、少しだけ思った。

「…海馬君」
「…何だ」
「もう、武藤君にはあんまり関わらない方が良いと思うよ」
「……それは貴様に指図されることではない」
「…うん、そうだよね。ごめん」
「いや、……」

海馬君は口を閉じた。眠った方が良いよ、と言えば、彼は「だまれ」と小さく言って枕に頭を沈めた。寝息が聞こえてきたところで、モクバ君に目配せする。静かに部屋を出た所で、モクバ君が私の服を掴んだ。な、なに?

「#名前1#、その武藤遊戯って奴の特徴を教えてくれっ」

目をギラギラさせてモクバ君が言う。ああもう。話ちゃんと聞いてたのか、この子は。まじ兄弟。本当有り得ない。拒否すればするほど教えろ教えろと縋ってくるので、仕方なく見た目の特徴を教えた。敵討ちなんてするなと言ったって、この子ならどうせ私に聞かなくても自分で調べて行くだろうし。

「モクバ君、絶対にズルだけはしちゃ駄目だからね」
「はぁ?」
「イカサマは負けフラグだからね。絶対駄目だよ。仮にもしするなら絶対勝てるようにしなきゃ駄目だよ」
「何言ってんだよ#名前1#。意味分かんないぜぃ」
「わかんなくても良いから」

首を傾げるモクバ君に、何度も念を押す。もうこれ嫌な予感しかしない。あのクレイジー武藤君が、子供相手に手加減してくれることを願おう。胃が痛い。













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