高音も桃色の髪も全部嫌いだった。
自分に自信が持てない、大嫌い。
死ねるだけの勇気もなくて、劣等感の塊。
目立ちたい、とかじゃなく。
誰か一人、たった一人でいいんだ。
誰か僕のそばにいて…
「…ット。…ファルセット!」
「えっ…」
目を開けると意外と近くにバリトンの顔があってびっくりした。
「あ、ごめんね。なんだった?」
とりあえず聞き返す。また何度も呼ばせてしまったのだろうか。
けれどバリトンは不機嫌そうな顔をせず、代わりに怪訝そうな顔をした。
「…お前、最近多いぞ。よくぼーっとしてるな」
「そう、かな…ごめん…」
いいんだけど、とつないで黙りこくるバリトンの言いたいことはわかっている。
セイレーン様がいなくなってからだって、そう言いたいんだろう。でもそれを言わないのは僕が前頼んだからだし、僕が一番わかっているのもバリトンはわかっているんだろう。
バリトンは僕が好きらしいから。
バスドラがいなくて、またたまたま二人になった夜、告白された。
何度も何度も僕は否定した。そんな傷ついた顔をされたって僕はわかっている、バリトンが言っていることは気の迷いだとか勘違いだって。
そして何度も否定しながらも、うれしいと思っている自分がいた。
必要とされている。
僕が、僕だけが愛おしいと、そう言ってくれる人がいる。
それはすごく心地よい感覚で、だからこそいずれ間違いだとわかる偽りの幸せを手に入れまた失うのはひどくつらく感じられた。
そして不意に、お前の気持ちはどうなんだと綺麗な顔で詰め寄られたとき僕は見とれてしまい、唇が軽く重なった。
男同士だという嫌悪感がない代わりに、僕の心は波ひとつない水面のようで。応えることすらできない自分をまた一つ嫌いになった。
彼の色香に負けて、引きつけておきたくて嘘をついて頷いた自分も。
毎日毎日、後悔しかない。
こんな自分消えてしまえばいいと思うたび、いつだって意識が薄れていく、上の空になる。
そうかな、ごめん。
そう謝るファルセットに、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。
ファルセットは優しいから、私の衝動を恋情を受け止めると言ってくれた。同情から来ているのだとわかっている。それでも縋る私は卑怯だ。
最近前よりもっとぼーっとすることが多くなったファルセット。私の存在がファルセットを苦しめているとわかっていても手放すことなどできなくて、そんな私にはファルセットを慰める資格などないのだ。
お互いに向けたもので一番大きかったものはもはや罪悪感。
もっとそばにいられたら、もしお前に歩み寄れていたなら、結末は変わっていたかもしれないのに。
天使のような笑みを浮かべ、聖母のような慈愛を持つお前を愛していた。
「好きですよ、」
うっとりと告げられる言葉、私だけに見せる笑み。
「怖いんです。あなたは僕を見捨てないでください」
腕の中のぬくもり、抱きしめる力を強くして何度も頷けば、花のつぼみがほころぶように可憐な笑みを浮かべるファルセット。
もっとそばにいられたら。
もしお前に歩み寄れていたなら。
結末は変わっていたかもしれないのに。
「ずっと僕の力になってください」
“本物”のファルセットの助けを求める声に気付けることなく、私が愛したのは私を愛してくれる都合のいいファルセット。
お前と思いが通じたことがうれしくて。
お前は誰だ、その問いは、彼の華奢な体をかき抱いて唇を奪ったとき、思考の隅に追いやった。