十九話

暗闇の中、目を開ける。
知った天井に安堵して、その隣に息衝く体温に更に深く幸せを噛み締めた。


ヒトと違う身体を持つ中においても桁外れの治癒力を持っていた俺は今まで何度も死にかけた。
頭を撃たれたことも胴を真二つにされたことも。自身の特異な身体のせいかお陰かその度生き永らえてはきたものの、過回復で意識を失ったのは初めてだ。
これもずっと感じている違和感のせいなんだろうか。

優しかった人達に、大切な人に――。あんな顔をさせたかったわけじゃないのに。

「悠仁にも…恵にも……バレちゃったなぁ」

助かる算段は勿論あって、結果的には間違ってはいなかった。いや、間違っていたのかな。
眠る顔さえ眉をひそめ苦しそうな寝顔をする傑の顔にはまだ薄く隈が残っている。その原因の一端でも俺がなっているのだとしたらそれはきっと何か間違ったことなんだろう。

「……今、何時かな」
「おはよう」
「おはよう」

薄く開いた瞼が睫毛を震わせて優しい掠れた低音が耳を撫でる。
きつく巻きついた腕にごめんと小さく零した傑は起き上がって、暗闇をぼうっと眺めていた。

「多分もう夜中かな」
「久しぶりにこんなに寝た気がする」
「俺、体温高いから」
「抱き枕にしてすまなかったね」
「俺がしたかったんだ。隈、ちょっとは薄くなったね」

良く見えるねなんて笑った顔は穏やかで、間違ってないんだよって肯定されたようだった。
俺が生きてきて、1番欲しかったもの。大丈夫だよって、間違ってないって優しく包み込んでくれる暖かさをくれるのはいつだって傑だった。
だから好きになった。切なくて重たくて、泣きたくなるこんな感情は初めてだったけれど、これがきっと誰かを愛することなんだと本能がいう。
化物の俺じゃない、傑たちが認めてくれた俺自身の本能。

「あの、さ…俺の事……悠仁と恵には少しだけ、話したんだ」
「うん」
「あの時そんな余裕はなくて、俺が……俺が人喰いだってことだけ、それだけ…」

今までのようには接してもらえないだろう。
それでももう、逃げたくない。罪を濯げないと嘆くのは、赦しが欲しいの哭くのは、逃げるのと一緒で。
傑は一緒に答えを探そうと前を向かせてくれた。悟はそんな事知ったことかと背を押してくれた。
だから逃げない。そうしたらこの気持ちも少しだけ、胸を張っていられるかもしれないと思うから。

「大丈夫だよ」

甘い、優しい笑顔。安心させるためだけのそれでなく、本当にそうなんだよって訴えるような。

「うん、俺も、大丈夫」

呪われた命、異形の身体。数え切れない沢山の罪。
全てを呑み込んで俺はこの優しい世界に生きていきたい。

「ちゃんとみんなには説明する。俺ちゃんと、ここにいたい。傑のそばに」
「私もだよ。名前に私の傍にいて欲しい」
「ほんと?」
「あぁ。本当だよ」

大きくて、少し冷たい手のひらが頭の天辺から耳の横をするりと滑る。暗闇の中輪郭を確かめるみたいな手は僅かに震えていて、瞳をじっと見詰める顔が甘く破顔した。

「君は見ていないと無茶ばかりする」
「えぇ、今回だけだよ」
「硝子に指を渡したって聞いたよ」
「あっ、れは…検査のためで」
「傷がこんなに治るって知らなかったから本当、心臓が止まるかと思った」
「それは…ごめんなさい」
「だから私が見ていないとね」

頬を軽く摘まれて、言葉の割になんだかその声色は楽しそうだ。

「なんか傑、楽しそう」
「そう見える?」
「うん」
「名前も同じ気持ちかもしれないって期待しているからかな」

上機嫌に上向いた唇が、細められた瞳が色気を含んでじっとこちらを見詰める。その目線はしっかりと俺を捉えていてどうやらこの闇に目が慣れたらしい。
微睡みの中、卑怯にも忍ばせた告白を傑は確りと聞き取っていたようで。かっと赤くなったこの顔も、今の彼には見えてしまっているんだろう。

「……聞こえてた?」
「夢じゃなかったみたいで嬉しいな」
「本当は、伝えるべきじゃないってわかってたんだけど……あの時、死ぬかもって思ってそれで、それで…怖くなった」

死ぬのは今も、それ程恐ろしくはない。
常に死が隣を歩いているような世界で命は等しく、軽々しく失われていった。
だから怖くない、死ぬこと自体は。
けれどあのまま死んでしまって、大きくなり始めた気持を抱えたまま何も伝えずに死んでしまったら。きっといつか忘れられて俺はこの世界に、傑の心に何も残せない。
それが泣きたくなる程怖かった。
身勝手で黒い、我儘な痛み。

「俺がしたことの全部、赦されることじゃない。わかってるんだ…でも、伝えなきゃって」
「私もきっと重荷になってしまうんじゃないかって思ってた」
「じゃあ…」
「私も君が、名前が好きだよ」

薄い唇から紡がれた言葉が、本当に優しくて。零れた涙が一粒ベッドのシーツを濡らした。

「私も一緒に背負っていくから。だから私に名前を護る役目をくれない?」
「護る?」
「上層部には虎杖や君をよく思ってない連中もいて、今回の任務の割り振りはそのせいもあったようでね」
「あぁ、それで1年生が…」
「そう。名前は戦う力があって護られるのは嫌かもしれないけれど、私が君を失いたくないんだ」

どの世にも異分子を排除しようという目論見は尽きないようだ。呪いの王を胎に宿す少年に、出自不明の異形。さぞ頭の痛い問題だろう。
これからもきっと危険は尽きない。

「傑が危険なのは嫌だよ」
「大丈夫。私達は最強なんだ」

不敵な笑顔が悟と重なる。
満ちた自信はそれに裏付けされるだけの確固たる実力があるからで。
あぁ大丈夫なんだと安心させてくれる。

「でも名前を護るのは私の役目。悟にだって渡したくないんだ」

柔く絞めるような嫉妬心が薄く透けて、それがなんだか堪らなく嬉しい。
受け入れてと近付いてきた傑の顔を、そっと目を閉じて迎え入れる。

「うん」

吐いた最後の息は重なった唇の合間に溶けて消えた。

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