八話

「まずは任務ご苦労だった。報告は既に補助監督から預かっているが……」


危なげなく任務を終えた後、高専へと帰還したその足で報告へと向かって現在。普段より幾度か低い声で我らが担任は教壇の前に仁王立つ。
緊張からか名前の睫毛が震える。大丈夫だよって笑ってやれば少しだけ肩の力も抜けたようだった。

「まだ聞きたいことは数知れず……とは言え君は要求通り自身の有用性を示してくれた」
「それじゃあ…!」
「君を歓迎しよう。傑に寮を案内してもらうといい」

制服は後日届けると言い残し、先生は去っていく。
その後ろ姿をきっちり見送ったあと名前が震える手で私の手を握った。

「やった…やったよ!ここに居ていいって!」
「大丈夫って言っただろう?」
「うん、うん…!傑も悟も、ありがとう!俺これから頑張るから」

無邪気で健気であぁ、これは――――。
こんな世界でどれ程難しいか知っていながらに、それでもこの子には死んで欲しくないなんて。
らしくもない願いを振り払いたくて名前の手を握り返す。

「期待しているよ」
「任せて!」
「まーた厄介な後輩が増えたな」
「そういえば俺2人より歳上なんだけど、学校通わせてもらえるかな」

「「……え?」」

悟と揃って顔を見合わせる。
相変わらずにこにこと楽しげな名前はどう高く見積っても14,5といったところ。私も悟も他者より恵まれた体躯だと自覚はあるけれど、それにしたって名前は小柄だ。
発達しきっていない身体も声も、どれを取ったってその考えには至らなかった。

「聞くこともないかと思ってたんだけど…名前きみ幾つ?」
「えーと、多分数えで19になるはず」
「はぁ!?そんなん詐欺だろ!」
「歳下とばかり…」
「でも俺学校とか行ったことないし、呪術?なんて素人だし…後輩には変わりないのかな」

彼のこれまでの経緯はあまりに特殊で、それを鑑みれば一から学ぶ他ない。子供のようにムキになることもある名前が“後輩”という立ち位置を、存外すんなりと受け入れてくれたことに安堵を覚える。
それもなければ立場が…なんて、私は何を考えているんだろうか。

「その辺は後で確認するとして、まずは寮を案内しようか」
「……傑と離れるの?」

名前がここに来てから監視のため行動は常に共にしていて、それは寮にいる時もそうだった。
不安に揺れる瞳に、まるで垂れた耳と尾が見えるようだ。素直に“寂しい”と表す名前に喜びさえ覚えている心中を知ってか知らずか、悟は盛大に顔を顰めていた。

「部屋は別々になってしまうけど、隣が空いているしそこにするといいよ」
「……うん」
「困ったことがあればいつでも私のところにおいで」
「ありがとう!」

今度は一転、振られる尻尾。まぁ幻覚なのだけれど。

「必要なものは今度買いに行こう。今日は疲れただろ?寮に戻ろうか」
「うん!」

歩き出す私の後ろを軽い歩みでついてくる名前は相変わらずにこにことしていて。こんなに懐かれてしまえば可愛くないはずもなく。

弱者を嫌いそれを隠さない悟とは少し違うけれど、私だってそんな聖人君子ではない。
人に害をなす人成らざるものは排除すべきで、本来名前もその筈だった。
そうしたくないとあの時思ったのはきっと正しくて、そんな私に応えるように彼は戦うと言った。こんな知らない世界で、こんな汚れた世界で。
たったひとり、助けてくれたから慕っているのだとしても、今はそれでいい。あのきらきらとした、純粋な瞳で見詰めてくれるのなら。

人の容をした得体の知れないモノだった少年は、今日自分の力で居場所を手に入れた。これからは沢山の人を救う呪術師になるだろう。
あの冷たい地下で、赦されたいと哭いていた名前の人生はまた今日ここから始まっていく。

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