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上手い話しには罠が有るとは良く言う話しで兄は祖父から毎日のように聞かされてうんざりしていたそうだし、俺が産まれた時にはもう祖父は死んでいたが父親がしょっちゅう言っていた。我が家の家訓のようなものだ。俺の頭にも染み付いている。

『なあ、拓真。上手い話しには罠が有るんだよ。自分が困っている時に手を差し延べてくれる人がいたら嬉しいな。でもその人がどういう人か知っているか?きちんと考えなさい。』





「明美さん、やっぱり俺が変わろうか?」

明美の部屋で一人夕飯を食べている拓真がノートパソコンに向かう明美に言った。拓真が明美を訪ねた時には既に彼女の夕食は終わっていたため、食べているのは前日の余りのカレーを温め直して目玉焼きを乗せたものである。カレーは一日置いた方が美味しいというが其れでなくても明美の料理は美味しかった。拓真は明美の料理が好きで頻繁に押しかけているし、明美も一人暮らしで余った料理を消費して貰うのに役立っていため歓迎している。

「もう。拓真君それ何回目?大丈夫だよ。心配しないで」
「でもさ、危ないよ。明美さんがやる必要無いじゃん。」


明美が組織から10億円の強奪を任されたと拓真が聞いたのは昨日のことだった。昨日のうちに電話をしたが今日は家にまで来て自分が代わると言い張り続けている。

本来こんな大きな仕事は明美の仕事ではないのだ。しかし明美自身は組織から妹の志保を解放するために提示された条件であるのだから大きなリスクを背負うことは致し方ないと承知している。
志保と明美の解放のことを知らない拓真は明美がする必要はない、自分でもいい筈だと主張を繰り返す。明美も拓真がやった方が確実に成功するだろうと思う。しかしそれでは意味が無いのだ。これは、自分がしなければならない。拓真には頼れない。

そもそも明美は弟の様に可愛がっている拓真と組織との関りが深くなっていることも心配しているのだ。もともと組織の関係者であるから知り合ったので仕方が無いとは思っているが中学生になったころから拓真の中で組織の存在が大きくなっているように見える。具体的にどんなことをしているのかは知らないが小さな頃から見て来た明美にとってこの成長は望ましいものでは無かった。

明美は少し不機嫌そうにルーと卵の黄身を混ぜている拓真を見る。本当なら拓真が此処に来ていること自体がまずい。本人も分かっていない訳ではないだろうに。だけどそれが今の明美の支えになっているのも確かだった。

いつまでも拓真に危ない橋を渡ることもさせたくない。その為にも自分自身で成功させなくてはいけないのだ。



拓真は割った目玉焼きをスプーンで弄りながら考えていた。いつだったか前に三人で食事をした時にこんなことをしていたら志保に小言を言われたのだが、明美は基本的に拓真に注意することは無い。いつも「まあいいじゃない」と言って微笑ましそうに見ているだけだった。しかも明美と志保はあまり会えなかったのでもう随分と明美たちの前で出す拓真のマナーの悪さは放置され続けている。

もう二年、ジンと赤井秀一に因縁が出来てもう二年になろうとしている。この因縁を作った明美がそのまま放置されている今の状態に拓真は納得していなかった。無論、拓真からすればこのままの状態が続くことが良いのだが拓真から見たジンはそんなに寛容ではない。それに少し前にキャンティから聞いたことも気に掛かる。遅かれ早かれジンは明美に何かしらのことをすると思っていた。

それがこの10億円の強奪なのだろうか?

確かに10億円は大きい。一度にこれだけの金が入ることは中々無い。だがそれはそれだけ失敗する可能性が高いということだ。
明美にリスクが高いかつ組織への貢献の大きい仕事をさせて組織からの信用を取り戻せということなのだろうか。でも、たとえそうであったとしても拓真は明美にはさせたくない。失敗すれば組織に殺されるのは目に見えているのだから。

拓真からすればなるべく危ないモノは自分が代わり続けその間に赤井秀一が組織に抹殺されて欲しいのだ。明美は喜ばないだろうが。それが無理なら明美にどうにか赤井秀一を呼び出させて処分するしかないと思っている。
だけど赤井秀一を殺すなど明美には技術的にも心理的にも出来っこないことはこの二年で分かりきっている。いっそのこと呼び出すのは明美で、出て来た赤井秀一を自分が狙撃すればいいと考えている。むしろそれが一番の方法ではないか、それしか方法は無いと本気で思っているのだ。
しかしこれも明美が協力するとは思えないので到底出来様も無い話である。

だからどうしても拓真は明美にこの10億円のヤマを譲ってほしかった。

「拓真君は今日うちに泊まる?」
「そうする。着替えあるかな?」
「この間のスウェット置きっぱなしよ。」
「あー、忘れてた。」

付けっぱなしのテレビを見ると、いつの間にかテレビドラマは終わって夜のニュースになっていた。


風呂に入り終わった拓真は今日着てきた服を入れて洗濯機を回した。勝手知ったる他人の家とはまさにこういうことであり洗濯の他に皿洗いと風呂掃除までやった。

全てが終った頃には明美は既に自室で寝ており、リビングにはソファーに小さなテーブル、それに電源の切られたテレビとノートパソコンだけになっていた。
そして拓真は明美に起きている気配が無いことを確認し(流石に部屋に入るほど図々しくは無い)、いつも眠るのに使うソファーに腰掛け、置き去りにされた明美のノートパソコンの電源を入れた。

口で言うほど10億円の件を知らない拓真はこの件をもっと調べておかなければならなかった。
そもそもこの話が聞けたのは本当にたまたまであって、ジンにとっても予想外のはずだ。であるので誰にも知られずに明美の計画を知る必要がある。

昨日拓真は組織が指示した任務を行っていた。
任務の内容はある外国人の投資家で中々後ろ暗い奴だった。本来はアメリカで別の人間がやるはずだったのだが、自分が狙われていることに気が付いたのか急に日本に来ることになったので、拓真に任されたのだ。
そんな状況ではターゲットの情報を手に入れるなんてとてもじゃないが自分一人では出来そうに無かった。そのため父親との付き合いが長く未だに現役のピスコに連絡を取り、誰かターゲットを見つけて尾行出来る奴はいないかと頼んだ。
そしてその協力者によってターゲットが病院に隠れていると分かった。

彼の仕事自体は悪くなかったのだが、彼と拓真はあまり親交を深めることは出来なさそうだった。
何故なら彼は自分が年下のそれも高校生のガキの指示を受けることが気に食わないというような表情を丸出しだったし、拓真が名前を聞くと「本名なんて教えると思ってんのか?」と馬鹿にしたように笑いながら言った。拓真はコードネームを聞いたつもりだったのだが特にそういったものは無いようなので「じゃあ俺のことも秘密ってことで」とだけ返しておいた。

結局なにをするつもりかは教えなかったので何かぶつぶつ言っていたが教えたところで逃げられても困るし、拓真はこういう体だけは大きくて煩いのは何度も見てきてわかったのはそういう奴ほどたいしたことが無いということだったので軽く彼のことを舐めていた。

「大体何してきたか知らねえけどお使いぐらい一人で出来るだろうよ。俺は今度大きなヤマがあるんだよ。」

全てが終わってから一応男が感づいていないかの確認も含め拓真が礼を言いに行くと、厭味ったらしく言ったそう言ったので、なんとなく「へえ、それってアンタの図体のこと?」と言い返してみると男は「てめえ大概にしろよ!!」と怒鳴り、男が拓真の襟首を掴んだ。

「こっちはな、今度大きなヤマがあるんだよ!大きなヤマがな!銀行強盗なんてお前やったこと無いだろ!」

「え、ちょ、銀行強盗!?」

誰もいないとはいえ、何故こんな所で大声で喋るのだろうか?頭が足りないんじゃないかと思った。今考えれば少し興奮していたのかも知れない。そんな俺の様子を見て怖がったと勘違いした彼は意図も簡単にペラペラと喋りだした。やっぱり頭が足りないのだろう。だけどそのおかげで明美さんがそれに関っていることが知れたのでまあ良かった。
男のことはそのうちなんかやらかして誰かが殺すだろうから放っておいた。

男が洩らしたところによるとまだ計画は練られている途中らしい。きっと下調べにネットを使うこともあるだろう。
履歴を開いて何を調べたか見ようとした。すると小さくトン、と頭を叩かれた。

「こら。何をやっているのかしら?」
「…ごめん。」
「ごめんなさい、でしょ?」
「ごめんなさい。」

結局履歴を見る前に明美さんが画面を閉じてしまい。俺は大人しく寝るしかなくなった。

「次やったらもう家に入れてあげないからね。」
「わかってるよ。おやすみ。」

拓真が諦めるしかなくソファーにうつ伏せに両手を挙げた形で寝転ぶと明美はまるで子供にするかのように頭を撫でて「おやすみ」とだけ返してパソコンを持って部屋に入った。

仰向けになった拓真は片手で目を覆ったまま「やられた…」と呟いた。手に当たっている顔は少しだけいつもより熱かった。

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