「おーい!こっち!」
拓真が駅で待っていた車を見付けて手を振るとキャンティが窓を開けた。
「この馬鹿野郎、何分待たせれば気が済むんだい?」
「え?あー…ごめん。思ってたより時間かかってた」
車の後部座席に乗り込んで中の時計を見ると待ち合わせの時間より5分遅れていた。
少々短気な所があるキャンティだ。一分でも遅れらただでは済まないと気をつけて予定通りに駅に着いたつもりだったのだが間に合っていなかった。
「カルバトス、待ってる」
「あ、そうなのか?じゃ、コルン運転宜しく!」
カルバトスは一人で待ってんのか。なんか可哀相だけどまあいいや。
コルンなんていつも運転手だし。
毎回毎回よくやるよな。
「あ、そうだ」
「ん?」
面倒くさそうに少しだけ振り返って俺を見たキャンティに聞く。
「なあ、キャンティが少し歩いていいなら俺の父親の駐車場使えよ」
たしか父親の駐車ビルが近くにあった筈だ。あの人は自分では殆ど運転なんかしないくせに人に運転を任せている間、自分は何処に駐車場があったら便利か考えているのだ。
あざといと言うか、商売上手と言うか。
「帰りはタクシーで帰ればいいじゃん。そしたらコルンは運転しなくていいから酒が飲める、ってうわ」
急に車を止めたコルンが無表情のまま振り返って俺を見る。やめてこわい。
「スティンガーいいのか?」
「あ、ああ。この時間帯なら幾つか余ってるだろ。前にカルバトスに何枚か無料駐車券渡したからまだ持ってるだろうし。ってか急に止めんな」
「悪かった」
いや、まあ別に良いんだけどね。
コルンがあんなに大きな反応を見せるとは思っていなかったけど、やっぱりコルンも酒飲みたかったんだな。
………俺はこれからはもっとコルンに優しくしようと心に決めた。
そのあと猿渡さんにメールして聞いてみれば地図が添付されて返信が来た。
駐車場は俺が思っていた以上に目的地に近かったので、必要以上にカルバトスを待たせて機嫌を損ねることも無いと安心していたらカルバトスも遅れていたらしく、調度来たところで鉢合わせた。その時のカルバトスのほっとした顔には笑いそうになった。結局、狙撃組でキャンティに逆らえる奴はいないのだ。
奥にある座敷(座敷といっても高級料理店ではなくてよくあるチェーン店だから落ち着きなんかないものだが)に通されるとそれぞれが欲しいものを頼み統一性のない飲み物達が運ばれてきた。
「なんだ?スティンガー、今日はコーラだけで帰るつもりか?」
「だって一応未成年だし。俺」
いつもと違って純粋にコーラだけを飲んでいる俺がよっぽど珍しかったのかカルバトスが聞いた。
「ふっ、よく言うねえ。悪ガキが。ほら飲んじまいなよ」
俺の返答に食いついて来たのはキャンティで無理矢理自分の焼酎を無理矢理飲ませようと俺の顔に近付ける。
「おい止めろって。今日は飲まねえの」
「あ゙ぁ?アタイの酒が飲めないって?」
「うわ、出た酔っ払い」
こんなにもベターな酔っ払いに遭遇するのは初めてだ。
だけど相当酔っているのかって言ったらキャンティは普段からこんな感じだからなわからなかった。
そして急に肩を組んでニタっと笑う彼女を見て何故だか嫌な予感がした。
「な、なんですかキャンティさん」
「そういえばスティンガー、女出来たんだって?」
「はあっ!?」
女なんて出来た覚えはない。
「じゃあこれ位飲まねえとなぁ?」
身に覚えの無い言い掛かりに戸惑っていると今度はカルバトスがいかにも今にも爆笑したいのを堪えた様子でキャンティに加勢したのでなんのことか分かった。
「……おいカルバトス、この間の言いやがったな。キャンティ、誤解だって。女とかいねえし」
「こないだの?」
「あ」
「ほら、コルンも気になってるんだ。吐いちまいな」
「だ、か、らっ!今日は酒は飲まねえ!シェリーにも言ったからぜってえ飲まねえ!」
何なんだよこのオッサン達は!
「「「……………」」」
「…え?」
急に静かになってどうしたものかと困っているとキャンティがカルバトスにおしぼりを投げつけた。
「カルバトス、アンタいいネタが入ったって言ったから聞いてみればシェリーじゃないの」
はあ、と息を吐いて煙草をくわえるキャンティが目を細めて拓真を見る。
「アンタがシェリーに御執心なのは知ってたさ。だけどまあ…師弟揃って趣味が悪い」
「スティンガーはともかく俺は悪くねえだろうが」
「ともかくって何だよ。てゆーか、シェリーとは付き合ってねえし」
そもそも趣味が悪い云々じゃなくてキャンティがベルモットや志保さんが嫌いなだけだろう。
おまえら何でそんなに仲悪いんだよ。
直接聞いてみたい気もするけどこんな話をしても詰まらないので頭の隅に追いやる。
「シェリーは幼なじみだからこれからも恋愛感情は絶対に起こらない」
「ふーん。なら良いけど、アンタ気を付けな」
「……何がさ」
キャンティは目の前にあった飲みながら言うから対して重要なことじゃないだろうと思って俺もコーラを飲みながら聞き返す。
「ジンが何かしようとしてるらしいじゃない。ほら赤井秀一に騙された」
「シェリーの姉、宮野明美」
酒の匂いと少し温まった空気に靄がかかっていたような頭がキャンティとコルンの言葉にサァっと醒めていった。
カルバトス達は俺と志保さんに接点があることは知っていても、俺と明美さんが結構な頻度で会っていたことまでは多分、知らない。
ジンは知っているんだろう。だから何も言わなかった。
「ふーん……」
もう一度コップを取って口に付けたまま生返事をする俺に蝶の入れ墨がピクッと動いた。
興味ない振りをしてはいるけど内心落ち着いていられる訳がない。
ジンが明美さんに何かって、
そんなもの一つしか、ないじゃないか。
落ち着きたくてコップに入っていた残りのコーラを一気に飲み干したけど味なんかしなかった。
でも少しは冷静になれた気がする。
「アンタ馬鹿だから変なことやらかすんじゃないよ」
「しねーよ。ジンこえーし」