★ | ナノ
QLOOKアクセス解析



教師になってまず始めに驚いたことと言ったら休日の少なさだ。授業が終わったあとは部活の顧問。部活が終われば生徒は帰るが、教師にはやることが幾らでもあった。
土曜日曜は休日などと言うが実際は当直に部活に残った仕事。

目指してなったこの仕事は苦ではないし、充実感もある。尊敬出来る上司も気の合う同僚もいて生徒達にも慕われている。俺にとってこれ以上の職場はないだろう。

ただ一つ、気になることがある。名前のことだ。

休日が減ると言うことは俺の恋人である名前との時間が減るってことだ。
俺が学生の頃も社会人の名前がなるべく俺と過ごせるようにと時間を割いていたのは無理をさせている気がしていたが、此処まで難しいことだとは思っていなかった。ましてや3年目とはいえまだ若いといわれる新米の俺がゆっくり休める日なんて殆ど無いに等しく、此処三年で名前に会う時間も今までとは比べものにならない程減った。
誰だったか教師は日曜も仕事があるから中々結婚出来ないと言っていた意味を今、身をもって体験している。

そんな中取れた久しぶりの休日。名前と買い物をした帰り、サッカーグラウンドの前を通ると歓声が聞こえて来た。

「わぁ、懐かしいね!」
「そうだな」
「ねえっ、見てこうよ」

目を輝かせて先を行く名前を追い掛けてベンチに座る。
歓声と言っても行われている試合は小学生のクラブチームのもので観客の殆どが母親だ。小学生の試合はプロの試合に比べたら技術は劣っているがまた別の所で見応えがある。

「あ、あの子!左之みたい」

名前がそう言って指を指す先にいる少年を見たが正直、何処が似ているのか分からない。見た目が似ているとは思えなければポジションすら違う。

「今の動きなんて左之だよ!ほら、ちっちゃい左之だ!」

今の動き、と言われても特に変わった所があるとは思えない。だが、

「よくわかんねえけど、お前が言うならそうなんだろうな」
「だってずっと左之のこと見てたからね」

そう言って自慢げな顔をする名前に本当にそうだよな、と昔を思い出す。


俺の親は俺がガキのころから共働きで、近所に住んでいた名前は俺が物心ついた頃には俺の世話を任せられていた。

しかも俺がこのクラブチームに入っていた小学六年までの間ずっと、週に二度ある練習を学校の帰りに迎えに来て終わるまで見て待っていた名前は俺の動きを良く知っていて当然といえば当然だ。

「なんでサッカー部入らなかったかなあ」
「あんまり向いて無かったんだよ」
「確かにね。左之ってサッカー上手いけどサッカー部って感じしないし」

中学生になって俺は結局サッカー部には入らなかった。すると自然とサッカーからもこのグランドからも遠ざかった。二人でこのグラウンドにいるのも久しぶりだ。

「懐かしいねえ」

試合を見る横顔が変わらない綺麗さで思わず目を細める。変わらないのは目だ。この眼差しはあの頃の俺に向けられていたもので、あの時俺はこの眼差しに惚れたんだよな。と懐かしんでいたら名前が呟いた言葉に「そうだな」と自然に言葉が繋がった。

「でもあの頃はお前が随分大人に見えたのに、今じゃ全然だな」
「左之もこーんな小さくてこの子達みたいな感じだったのにね」

手を胸の辺りに持っていって笑う名前。俺はクラスの中ではでかかったのだが、名前にとってその頃の俺はとにかく動き回っている子供ってイメージしかないのだろうなと思うと少し笑えてくる。

「ま、小学生と高校生じゃあな」
「私迎えに行く度に“原田のお姉さん”って言われてた」
「実際姉さんって感じだった」
「それがこんなに大人になっちゃってさ、びっくりだよ」

砂だらけになりながら必死にボールに食らい付く練習が終わってベンチを見れば必ずそこにいてお疲れ様、と言うように笑いかけて来る制服姿の名前が印象的だった。

小学生なんて野暮ったいブレザーの中学生ですらでかい存在なのに名前の着ている高校の黒いセーラー服はそれはもう大人に見えた。あの頃はただガキが近所の美人な姉さんに憧れるようなそんな単純な気持ちだったんだろう。

それが本気で名前を好きになって、今思い返すと散々迷惑もかけたがそれでもようやく付き合えた時はどれだけ柄にもなく舞い上がった。

不思議なことに昔はあれだけ大きく感じた年の差も今ではほんの些細なものだ。


「お前と恋人になろうと思ったらこうなるさ」

「そう?」

「ああ」

「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるね」


「なあ、結婚しないか?」


「え?」

大学を出て、教師になって。昔はどうしても名前に頼らざるおえなかったこともあったが漸く本当の意味で名前から頼られてもしっかりと支えられる、そういう意味でいえば一人前になったと思う。教師としてはまだまだな所もあるが進歩していく過程にお前が居れば心強い。

お前と互いに支えあって、笑いあって新しい家庭を作っていきたい。



「名前さん、俺と結婚してくれませんか?」

「うん、よろしくお願いします」

「ああ、よろしくな」




――――――
ネタ帳原田の奥さんの原形
10/09/2011
修正して上げ直し



prev:next